おしゃべりチャッティと僕


「それでね、それでね、おにいさん。」
14歳になる、僕の妹・チャッティはとてもおしゃべりだ。
まるで、無口な僕の分までがんばっているみたいによくしゃべる。

だから、二人で午後のお茶を飲みながらおしゃべりしてるとき、
よくチャッティのおしゃべりをからかったもんだ。
すると決まって、チャッティは一瞬黙って
「チャッティがよくしゃべるって言うけど、おにいさんだってきっと、
一生のうちにチャッティと同じだけおしゃべりするよ。そのうちおしゃべりになるんだから。」
とくちをとがらせる。

そんなこと絶対無いな、と僕は心の中で思って、何もいわずにあきれたような笑顔だけ見せると
そのあとは広い庭で追いかけっこが始まるんだ。

 楽しい時間だったね。
でもきみはしゃべりすぎた。
多分、一生分のおしゃべりを済ませちゃったんだろうな。
人より早く、お迎えがきてしまったのだ。

「おにいさん」
「チャッティ。」
「おにいさん、私、もうしゃべること何にもないわ。全部おしゃべりしたもの。
だから、ぜんぜんさびしくないの。きっと天国でもいっぱいお友達がいて、みんなが私とおしゃべりしてくれるの」
「チャッティ、しゃべっちゃダメだ。」

僕はずっと妹の手を握ってた。
妹はまだ16歳で、僕は19歳だったし
妹は寂しくないよって言ってくれたけど、ダメだよ、僕が寂しいんだよ。
おしゃべりなきみがいなくなって僕は寂しい。
自分の声より君の声に包まれて過ごしていた毎日が、ここで途切れるなんて信じられないこと。


 結局、チャッティは目を閉じるのとくちを閉じるのと、どっちがあとだったかわからないくらい
最後の最後までしゃべってた。
そんなチャッティの寝顔だけ見ていたら思い出した。
「そうだな、寝てるときはさすがにしゃべらなかった…」


 そして僕は98歳になって、ひとりぼっちだった。
周りにはもう誰もいなかった。
ひ孫達も大きくなって、こんなおじいさんのところには誰も尋ねてきてくれなんだ。
もう何年もおしゃべりはしていないような気がする。
相変わらず僕は無口だった…

パンとスープだけの食事を済ませ、僕は昼も少しすぎた庭へ出てみた。
暖かい空気の中で、不思議とチャッティのことが思い出された。
庭の雰囲気は変わってしまったけど…そうだ、いまあの若木が立っているあたりでよく追いかけっこしたっけ。

 庭のすみっこに座っている僕のそばに、小さな小鳥がやってきて、しきりに僕の周りをグルグルまわる。
…なにか食べ物を欲しがっているのかな?小鳥が僕を見ているかのようにも、見える。
僕がポケットをあさると、大分湿気たクッキーがぼろぼろになって入っていた。
それをそっと、板切れの上に乗せてやると、
小鳥はひとなつっこくよってきて、2〜3のかけらをついばんだ。

 「おいしいかい。」
僕が小鳥に向かってそうつぶやいた瞬間。小鳥が何か、バッと翼を広げたように見えた。
「おにいさん…おにいさんってば。」
不思議な声のするほうをそっと見ると、そこには幼い少女が立っていた。その少女は、僕のよく知っている…
「チャッティ。どうして現れたんだい」
驚く僕に、チャッティは笑顔だ。

「おにいさんがやっと、私と同じだけおしゃべりをしたのよ。これでまた、私とおしゃべりができるようになったんだよ」
「ああ…そうか、そうか」
僕は静かに微笑んだ。80年もかけて、やっと僕はチャッティに追いついた。
僕がくちを開く。
「これからは、」
「たくさんおしゃべりしましょう。きかせて、おにいさんのこと、たーくさん。わたし、あんまりおしゃべりしないでちゃんと聞くから」
この分じゃそれは無理かもな、と僕は心の中で思って、何もいわずにあきれたような笑顔だけ見せると
チャッティは一瞬黙って、
「大丈夫よ、これからはいくらでも時間があるんだから!」
とクチをとがらせた。

end

(c)AchiFujimura StudioBerry