世界一決定戦

 世界中の優れた人間が集まって、「無差別級世界一決定戦」が開催されました。
集まった人たちは、すでにいろいろな分野での世界一です。
審査員に世界一候補達の履歴書などが提出され、現在、その中から真の世界一を選ぶ審査が行われているのです。

 例えば、ほら、あそこでいつものように腕立てふせを続けている彼は「体力世界一」ジョージ・マスル。
タンクトップと短パンの似合う筋肉質の男です。
ジョージはあらゆる個人競技で「2位」を総なめしてきました。1位にこそならなかったものの、
マラソン、卓球、重量挙げ、水泳、体操、スケート、などたくさんの競技で2位を獲得したのは彼だけです。
体力ではジョージに勝てる人はいないでしょう。

 壁際で本を読んでいる初老の男性は、「文学世界一」のヨハン・センテンスですね。
ヨハンは世界中の有名文学を読み漁り、内容を全て暗記しているのです。
世界中で行われた小説・文学カルトクイズを無敗で勝ち続けているのはヨハンぐらいでしょう。

 イスに座って、サングラスをかけている髪の長い女性はリンダ・マスマティーです。
彼女は見るもの全てが数値に見えてしまう数学世界一です。
ただ座っているだけに見えますが、今も彼女の頭の中では聞こえる音の発生源までの距離、目に飛び込んでくる光量、全て数字で読み取っているのでしょう。

 明るい窓際でゆったりくつろいでいる青年は、…?
名前はベルウッド・ボルドマン、そして体中が緑色、その他にわかることはありません。
何しろ、彼がこういう大会に出場することでさえ初めてなのですから。

 他にもたくさんの世界一が集まっています。一体この中から、一番に選ばれるのは誰なんでしょう。
やはり審査が難航しているのか、なかなか結果が発表されません。

とにかくじっとしているのが性に合わないジョージが、なにやら叫び声をあげながら体力トレーニングをしています。
リンダもイライラしてきたのか、テーブルの上のフライドポテトを食べ続けています。
まさかこんなに時間がかかると思わなかったヨハンも、持ってきた小説をもう3度も読んでしまいました。
ベルウッドはじっと窓際で目を閉じて、笑みを浮かべています。

「もう!早く決めてよ!私が世界一でいいじゃない!」
リンダがはき捨てるように言いました。
「まてよ、お嬢ちゃん、あんたが世界一だって言うんなら俺より優れているって言うのか。
そんな腕じゃァ、腕相撲だって俺に勝てやしないだろうが」
ジョージがリンダに詰め寄ります。
「ああ、馬鹿ね、これだから単細胞って嫌いよ。あなたが騒がしく動き回るから、あなたまでの距離がいちいち置き換わってイライラするのよ。
おかげでフライドポテトを458.65kcal分食べてしまったじゃない。どうしてくれるのよ」
「それぐらい、バタフライで30分ほど泳げばすぐ消費しちゃうだろ」
そんな二人のやり取りを見ながらヨハンは、
「滑稽だ。まったくあなた方は滑稽だ。」と小さくつぶやいていました。
ベルウッドは変わらず、窓際で笑みを浮かべていました。

 「皆さん、大変長らくお待たせいたしました。」
審査員室から司会者が出てきました。会場にいた世界一候補者達は、シンと静まり返りました。
「それでは、世界一を発表させていただきます。…いやはや、事実確認に手間取ってしまいました」
「世界一優れた人間、それは、ベルウッド・ボルドマンさんです!」

審査員の言葉に、会場が蜂の巣をつついたような騒ぎになりました。
まったく無名の、今日はじめて見るような青年が世界一優れている。
「あんな、腹筋10回すら出来なそうなヤツが?」
「あんな、ぼーっとして数字すら見えていないような人が?」
「あんな、聖書すら途中で読むのをやめていそうな青年が?」

「理由を説明しましょう。彼は驚いたことに、その体細胞のほとんどがミドリムシ類なのです。
すなわち、日光にあたるだけでエネルギーをつくることが出来るし、細胞ひとつになっても生きることが出来る。
そしてその細胞たちを統率する能力、彼が世界一でなくて誰を世界一と呼べるのでしょうか」

ベルウッドは静かに微笑みました。
会場に世界一コールが響きます。
「世界一!世界一!世界一!」
ベルウッドが緑色の右手を上げると、会場はさらにおおきな歓声につつまれるのでした。

end

(c)AchiFujimura