箱舟管理委員会

■第184回箱舟管理委員会

 今世界にも、箱舟の季節がやってまいりました。
目に見えないほど巨大な何かが、地球の掃除にやってきます。
それは宇宙には大切な行事で、地球の管理を任されている「存在」が、
ゴミや不要物を全て洗い流し、粉々にし、惑星自体をきれいにするのです。
放っておいた数億年の間に、動物は増えてしまったし、草もぼうぼうで、地球を緑に染めてしまいました。

 全てをなくしてしまうのは良いこととは言えません。
地球固有の動物がたくさんいるからです。星の環境が違えば、育つ生き物も違います。
そこで、管理委員会では生物代表を1名決め、種の保存のために残す生き物を選定させることにしました。

 ヒト代表で選ばれたのは、今回はリーという心優しい若者でした。
リーくんは、箱舟に乗せる32名の枠を埋めなくてはなりません。
「お母さん、お父さん、お兄さん、お姉さん、妹、弟……」
リーくんは大家族の三男なので、15人が家族で埋まりました。残りは、大事なお友達とその家族で埋めました。
どうしても入れてあげられなかったヒトがたくさんいることに、心を痛めて、涙を流しました。

 リーくんの選んだ人間が正しいか、審査が行われます。
管理委員会の会議にリストが提出され、人員を一人一人検討します。リーくんもその場に呼ばれ、委員からの質問に答えます。

「大体はこれでよいと思いますが、リーくん。あなたのおじいさんは存命なのに、リストに含まれていないようですが」
「……」
「ここまで家族を連れて行こうとしたあなたが、おじいさんを入れないとは。おじいさんもリストに含めなさい、
一番の高齢ですが、彼の知恵が地球清掃後にも役立つことがあると思いますよ」
リーくんはくちをきゅっと結んで、何も言えずにいました。彼はおじいさんが好きではないのです。
血のつながったおじいさんですが、いままで何度も家族はおじいさんにひどい目に合わされているので、
どうしても箱舟に乗せたくなかったのです。

 カンカン、と委員会の意見が決定した音が鳴りました。
「それでは、おじいさんを入れる代わりに、この『近所の3歳になる女の子』を除外します。異存はありませんね」
3歳になるヨンちゃんは、リーくんを慕ってくっついてくるかわいい女の子で、妹のように思っていました。
リーくんは涙を流しましたが、どうしてもその決定を拒むことが出来ませんでした。


 箱舟が出発します。数日後、洗われた地表に降り立って、新しい生活をはじめるのです。
箱舟から降りても、おじいさんは変わりませんでした。一番の高齢であることを主張し、新世界で君臨し、
ヒトはおじいさんがなくなるまで暗い生活を続けることになったのでした。



■第185回箱舟管理委員会

 今世界にも、箱舟の季節がやってまいりました。
ヒト代表で選ばれたのは、太郎と言う若者でした。
太郎くんは、箱舟に乗せる32名の枠を埋めなくてはなりません。

「かったりー。ちょーめんどくさくね?ケータイに電話番号入れてるやつからてきとーに
選んでもいいんじゃね?オンナ16人、オトコ16人っと。これでちょうど32人だろ」

 太郎くんの選んだ人間が正しいか、審査が行われます。管理委員会はリストにチラッと目を通しました。
「素晴らしい。アナタを選んだのは正しかったようですよ、太郎くん」
「だるいし、帰っていい?」
太郎くんがおなかをボリボリとかきながらあくびまじりの声で言います。
「ええ、結構ですよ。お疲れ様でした、あなたの家まで送ってさしあげましょう」
委員会が用意した茶色い乗りものに乗って、地球から3光年離れた会議室から太郎くんが帰星しました。

 太郎くんが提出したリストに、太郎くん本人が乗っていないことはあえて突っ込みませんでした。
彼のリストは見事に、若者ばかりがランダムに並んでいます。
「素晴らしい」
「これで、『第184回目の失敗』を繰り返さなくて済む」

 第184回の箱舟委員会で選ばれたヒトは、家族が多すぎたのです。血が濃くなりすぎると、遺伝的に問題があります。
今回はバラバラに選択する必要がありましたが、箱舟委員会が直接選択することは宇宙倫理的に不可能でした。
「太郎は良い仕事をした」

 箱舟が出発します。数日後、洗われた地表に降り立って、新しい生活をはじめるのです。

end


(c)AchiFujimura 2003/9/7