長寿の秘けつ

 おばあさんの最近の趣味は、早朝の散歩です。
今日も五時に起き、五時半ごろには外へ出ました。三十分程度かけて、町内をぐるりと回ってくるだけですが、
毎朝新しい発見があるので、おばあさんはこの散歩をとても楽しみにしているのです。

 今日も、三件隣の玄関前に植えられた花が、新しいつぼみを膨らませていたことを発見して、
嬉しい気持で家へ戻りました。六時過ぎには、家でお茶を飲んでいました。

 六時半ごろ、薄明るい窓から、強い光が居間へ差し込んできたので、おばあさんはのんびりと
「太陽さんがでるのはまだはやいんじゃないかの」
と考えながら、お茶をすすりました。
ヒュンヒュンと、何かを高速で振り回しているような音が聞こえます。

 光に目が慣れてみれば、それは銀色の円盤で、動力部分と思われる場所から冷たく強い光がでているのです。
円盤は次第にしずかになって、おばあさんの家の前で止まりました。
音に驚いて、家の奥から、読書をしていたおじいさんもでてきました。「何事か」

老夫婦が窓から外を見ていますと、ドアもない円盤をすり抜けるようにして、若い男女が下りてきました。
男性は光沢のある赤い宇宙スーツを着ていて、女性は少しデザインの違う青い宇宙スーツをきていましたので、
老夫婦にも「彼らは宇宙人である」ことがすぐに見て取れました。

男女が玄関のチャイムを押すので、おじいさんがドアをあけました。
「どちらさんですか」
「アポロン系第三惑星から来ました、ネクタルと申します。こちらは、妻のアムプロシアです」
「ああ、どうも、私はおじいさんです。こちらは妻で、おばあさんです」

「あんたら宇宙の人だろう。こんな朝早くから、何か困ったことでもあったのかね」
「りんご、りんご食べないかね」
おじいさんとおばあさんが二人の宇宙人にやさしい声をかけました。
「よかった、言葉が通じるのですね」二人は笑顔を見せました。

「この惑星には、ぼく達と同じ人類がいると聞いてやって来たのですが」
宇宙人たちは困惑している様子です。
「はあ、確かにおりますよ」おばあさんがきょとんとして答えました。
「本当ですか! 私たちの星では、人類は長くても三十年程しか生きません。いままで当たり前と思っていたのですが、
先日、銀河系第四惑星から来たチュチュ・タコカイナ乗組員に、地球では似た姿の人類が、倍以上も長く生きていると
教えられたのです。そこで、その長生きの秘けつを教えていただこうと、参上した次第でありますが」

「長生きの秘けつは、見つからなかったのかね」おじいさんが気の毒そうに頭を揺らしました。
「いいえ、長生きの秘けつどころか……人類が見つからないのです。私たちに姿がそっくりと聞いたので、
地球にさえくればすぐに見つかると思っていたのですが、貴重な生物なんでしょうか。どの辺りに生息していますか」
ネクタル氏が必死の表情で、おじいさんにつめよります。弱弱しく、アムプロシアも氏に寄り添います。
「比較的、あなた方は人類に似ており、文化的生活もされているので、もしかしたら言葉が通じるのでは
ないかと思って、声をおかけいたしました」

「私たちが、その、じんるいですよ」
おばあさんがゆっくりと言い聞かせるように言いました。
「エッ!いえ、あの……失礼ですが、動作や風貌など見ても、私たちとは種類が違うと思うのですが」
宇宙人たちは、よけいに混乱してしまったようです。

「ばあさん、ホレ。林さんとこに、二十歳になったばかりの子どもがおったじゃろ、連れて行ってやりんさい」
「はいはい。それではお二人さん、林さんのお宅へ行きましょうか」

林さん宅を訪れたときには、まだ七時を少し回ったころでした。
「ゆりこさん、あきら君起きとるかね」
「丘宮のおばーちゃん?あー、あきらはまーだねとるだよ、起こしてくるからちょっと待って」
中年の女性が返事をして、奥の部屋へ行きました。
宇宙人二人は、女性をみて少し驚いた様子です。
おばあさんは「ゆりこさんも村じゃあだいぶ若い方だねえ」とつぶやきました。

「おはよー。なに、どうしたの……」
あきらくんは寝巻きのままでしたが、宇宙人たちは感動を隠せませんでした。
「確かに私たちとよく似ている!ようやく人類を見つけることが出来た!」
ネクタル氏が興奮した様子で言いました。

「あきら君は二十年生きているんですよ」おばあさんが、宇宙人たちに説明しました。
「それでは、私たちと同じ年齢です。もっと長く生きた人類は居ないのですか」
ネクタル氏はすこしガッカリした様子でした。
「私は、八十三年生きていますよ」
「?人類より長生きの生物なのですか?」
「あきら君も私も、同じ人類ですよ。 あきら君は、私の兄の、孫にあたります」

「あきら君も、あと六十年生きれば、私たちと同じように老いるのですよ」
「やだなあ、ばーちゃん。まだ早いよ」あきら君が笑います。


宇宙人二人はまだ理解できない様子で、くちを手で覆ったり首をなでてみたりしていましたが、
そこへおじいさんがやってきました。
「みつけたぞ、わしらの若いころの写真」
「あらやだ恥ずかしいわねえ」

セピア色の写真には、キレイな花嫁衣裳のおばあさんと、りりしい袴姿のおじいさんが写っていました。
「これが六十年前の、私の姿です」
宇宙人は何度も、おばあさんとおじいさん、写真を交互に眺めていました。


結局、アポロン系第三惑星からやってきた二人は、長生きの秘けつを聞くことなく、
自分の星へ帰っていったのでした。

end

(c)AchiFujimura 2004/06/10