コインロッカーの恋文

 羽鷺鉄道アマミ駅のコインロッカーは一箇所、長い間「故障中」の張り紙がされたまま放置されていました。
自分以外の誰かが修理の依頼を出しているだろう。と、駅員はみな同じように思っていたので、
誰も気がつかなかったのはしょうがありません。

「やっぱり、修理に時間がかかりすぎているよ」
「ちゃんと業者を呼んだのか?」
「そもそも、どこが、いつから壊れているんだ?」
ようやく駅員がロッカーの異変に気がつきました。
全員に確認を取りましたが、この故障について知る者はいませんでした。
数人でロッカーを囲み、おそるおそる扉を開けます。遠巻きから見物している、臆病な駅員もいました。

「手紙だ、手紙が一通入っているぞ」
扉を開けて中を覗いた駅員が言いました。ロッカーに異常は見られませんので、
誰かが手紙を入れた後に張り紙をして去ったようです。
手紙は細長い二重封筒に、便せん二枚に渡って綴られていました。

「今朝から機嫌が悪いようですね。私がなにかしてしまったのなら申し訳なく、すまない気持でいっぱいです。
私は貴女の笑顔を見るのが毎日の生きがいなのですから、早くもとのステキな笑顔に戻ってください。
機嫌が悪くても、あなたの歩く後姿は変わらず美しくて、思わず見とれてしまいました……」

どこかの女性にあてたラブレターのようです。
読んでいて照れてしまうような手紙で、書いた人間は、この女性のことをとても愛しているのが伝わりました。
「ばかばかしい、こんなラブレターを隠しておくなんて」
駅員はみな、あきれたように笑いました。危険な物でなくて良かったと、胸をなでおろしながら。

「それで、中身はラブレターだったんだよ」
この新鮮な笑い話を、違う鉄道に勤める友人に話した駅員がいました。
「アッ、それ、俺のいる駅でもあったよ。たしかに良く似た話だ」
二人で内容を付き合わせてみると、ロッカーの張り紙が[コイン詰まり]であったことと、
恋文の内容が違うこと以外はまったく同じでした。
封筒の色も、便せんの雰囲気もよく似ています。
「他の駅でもあったかもしれないな」
「明日、調べてみるよ」

調べると、大変なことがわかりました。三私鉄の、十一駅・比較的乗降者の多い駅で、同じように故障中のまま
放置されているロッカーが見つかったのです。どれもに、手紙が入っていました。筆跡は同じ人物です。

「一体、誰が何のためにこのようないたずらをしているのか」
駅員たちは首を傾げました。

 本社からの通達で、ロッカーの見回りが強化されてから数日後、
都羅電鉄の弁刈駅で、新たに故障中と張られたロッカーが発見されました。
「一時間前の見回りでは、確かに無かったんです」という駅員の証言で、監視カメラをさかのぼって
犯人を探すことになりました。

監視カメラの映像には、意外な人物が映っていました。
確かに都羅電鉄の制服を着た駅員が、「故障中」と書かれた紙を貼っています。
しかし、確実にこの駅員が手紙もロッカーに放りこんでいます。
「うちの駅員が犯人なのか? それでは、他の駅のケースは一体?」
その場にいた全員が、混乱してしまいました。

何度もビデオを繰り返し見ていた駅員が
「いや、違う。この制服はおかしいぞ」
とつぶやいたので、駅員達はもう一度画面を良く見ました。
「袖の部分の線が三本あるだろう。うちの制服は二本だから、この男はうちの駅員じゃないよ」
「三本ある制服といったら、宇士鉄道の制服じゃないか」
「宇士鉄道なら、掘巣多印駅でやっぱり手紙が見つかっているぞ……」

「しかし、宇士鉄道の駅員ならボタンは六つのはずだろう?この男の制服は、うちと同じ八つボタンだ」
再び、駅員達は腕組みをして悩んでしまいました。
「こうは考えられませんか、あの制服はカモフラージュなのです。
似た制服の駅を次に選ぶことで、修正を最小限に、鉄道会社を渡り歩いているんじゃないでしょうか」
なるほど、と感心の声があがり、「それでは、次に行きそうなのはどこだ?」と検証をはじめました。

「次に行きそうなのは、根澄鉄道の二十日駅ですね。根澄鉄道で一番乗客の多い駅です」
さっそく根澄鉄道に事を伝え、見回りを強化しました。
数日後、見回りの駅員が、通路の向こうからやってくる「調整中」の紙を持った駅員を発見しました。
ノドをゴクリと鳴らして、あやしい駅員の動きを見ていますと、確かに駅員はロッカーへ紙を貼り、
中に手紙を放り込みました!

「こら!そこで何をしている」
駅員が大きな声を出して駆け寄ってきたので、あやしい駅員は走りだしました。
しかし、警戒していた他の駅員達の手伝いもあって、あやしい駅員は囲まれてとまりました。
「あなたが恋文の差出人ですね」
「アッ、あれを読まれたんですか?」 男は顔を赤くしてうつむき、ぼうしを深くかぶりなおしました。


 二十日駅の備品室で、男と数人の駅員がイスに座っていました。立っている駅員もいて、
男はその様子に緊張しているようです。
「すいませんでした。ご迷惑なのは承知でしたが、ほかに思いつかなくて。電車も好きで、
毎日通勤・営業廻りに使っておりますもので」
男は三十代後半、地味な顔立ちで、内股ぎみにもじもじと手を動かし、うつむいたまま顔を赤くしています。
駅長が男に優しく、たしなめるように言いました。
「迷惑なのはわかってくれたかな。そうしたら、もうしないと誓ってくれたまえ。
で、あの恋文は一体なんだったんだね?」
「すいません、もう二度としません。
……えっと、あの手紙はおまじないなんです」

「おまじない?」

「ええ、私が考案したおまじないなんですけど、ああやって妻への恋文をしたためるんです。
それを、コインロッカーへ二十四時間隠す事に成功すれば、妻の機嫌がどんなに悪くても、たちどころに直るんです。
誰かに見つかるまで、効果があるみたいなんです」
男は照れながら打ち明けました。
その場にいた誰もが、くちをあけたままぽかーんと男の赤い顔を見つめました。

「もう、このおまじないは使えませんよね……つぎの方法を考えないと、妻の機嫌が悪くなると悲しいんです」
機嫌の悪い妻の姿を思い出したのか、男ははらはらと涙をこぼし、手をいっそうすり合わせます。

「じゃあ、私が新しいおまじないを教えてあげような。
奥さんの機嫌が悪くなったら、今までどおり恋文を書いて、それを奥さんに渡してあげなさい」
駅長が、男のひざをポンポンと叩きながら新しいおまじないを説明しました。
「ありがとう、今度やってみます」
男は笑顔で帰り、それから、駅に故障中の張り紙がふえることはありませんでした。


コインロッカーの恋文のことを、みんな忘れかけた三ヵ月後に、再び故障中の張り紙が貼られました。
二十日駅の駅長は、やはり入っていた手紙を駅員とともに開封すると、便せん二枚の手紙が入っていました……


前略 駅長様
 いつぞやは大変ご迷惑をおかけいたしました。
このたび、再度ご迷惑をおかけすることをお許しください。もうこれっきりにするつもりです。
先日お教えいただいたように、妻の機嫌が悪くなるたびに、恋文を書いては妻に渡すおまじないを続けましたが、 最初の数回はよく効いたものの、このところちっとも効果がありません。
それどころか、火に油を注いだように怒り出す始末です。
内容がいつも同じようなことと、実際の私とのギャップが気にさわるようなのです。

しかし、再び駅の皆さんにご迷惑をおかけするわけにも行きません。
そこで、私、あたらしいおまじないを考案しました。
月の光に三十分間あてた便せんに青いペンで手紙を書き、それを妻に見つからないように家のどこかへ隠すのです。
二十四時間見つからなければ成功です、妻の機嫌はたちどころに良くなるのです。

お世話になりました駅長様へ進言です、駅長様のおまじないは効果がありません。
もしも、あの手法で奥様の怒りを静めておられるなら、そのうち効果がなくなると思われますので、 私が今回お教えした方法を今後はご利用になってください。

それでは、ごきげんよう

end

(c)AchiFujimura 2004/08/13
……いないとは思いますが、文中のいたずらは実行しないでください。
謝っても許してもらえません。