不発弾

 高校三年生の夏の日、受験勉強の合間に僕は女友達を誘って夏祭りへくりだした。
彼女は僕の大好きな女の子で、今日もかわいい浴衣を着て小走りに現れた。
僕が「かわいいね」と言う前に、彼女から「かわいいでしょ?」と言われてしまったので、僕は笑って頭を掻くだけだった。

 夏祭りは何もかもがゆらゆら揺れて、すべてが幻想の光で出来ているような感じだったので、
少し怖くなった。彼女も「なんだかきつねのお祭りみたいじゃない? ぼぅっと光ってるの」と笑った。

 途中で学校の友達に会って、彼女と二人でいることを冷やかされた。とっくみあってじゃれあって、
彼らは「二人で食べな」と大きな銀色の袋に入った綿菓子をくれて、どこかへ消えた。
屋台のおじさんが昔からの知り合いみたいに声をかけてきて、つられて買った牛串に少しオマケをもらった。

 金魚すくいは上手に出来た。隣で上手に取れずに泣いている子がいて、金魚は全部その子にあげちゃった。

 綿菓子ははかない味がした。フワフワして甘い匂いがするのに、口に入れるとたちまち融けて香りだけが残る。
周りの現実感が薄れて、暗闇だけが広がった気がした。
「だいぶ端っこまで、きちゃったみたい」彼女が小さくつぶやいた。
屋台や夜店も少しずつ照明を落とし、今までのことがまるで物語だったみたいに小さくなっていく。
遠くで光に揺れていた友達も、少しずつ暗闇に融け込んでいった。

「あっ、」

新しい光に驚いてそちらを見れば、花火が空に大きな輪を描いていた。つぎつぎ打ち上げられ、
僕はただそれをみていた。
ふと、僕と彼女が打ち上げられるきもちになった。周りを見れば友達も一緒に打ち上げられている。
みんな笑っていた。
次の瞬間にはみんな輝いて、手を振りながら遠くへハジケ飛んでいく。
僕だけが苦しい顔をして、燃えて燃え尽きていく自分をはかなんで、夜の闇へ散らばった友達の光が見えなくなることに泣いて、
僕自身も夜に融け込んだ。

「どうして泣いているの」
彼女が僕のシャツの裾を引いて、心配そうな顔で聞いてきた。僕は泣いてたんだ。

「花火って、最初はみんな一緒に玉の中にいたんだろ。長い時間を暗い玉のなかで、みんな一緒にすごしたのに、
ようやく外にでて輝いたと思ったら、一瞬のうちにはじけてバラバラになって……消えちゃったんだ」
「そうね」
「僕が花火だったら、自分も輝いているのに、輝いていることも忘れそうなほど……別れた皆のことを悲しんで、
嘆いているうちに、輝く時間も終わって燃え尽きて、暗闇に帰るだけなんじゃないかと思って、怖かったんだ」
「そうなのね」
「僕も花火かな? 輝く頃には、大事な人はみんなそれぞれの輝くところに、散らばるのかな? 
……君も」
「そうかもね」

僕の頭は真っ白になって、どんどん白い部分が広がっていくような気すらした。
「大丈夫だよ、私はそばにいるよ? 」
彼女が言うので、僕は白い部分を吸い込んで、彼女の顔を見た。
「不発弾だって、いいじゃない。輝かなくっても、いいじゃない。私たちは好きなだけ、花火倉庫にいようよ。
売れ残った花火の中で、一緒にひそひそお話でもしていようよ」

花火の中でもニコニコわらって、ヒソヒソ話を聞かせてくれる彼女を思ったら急におかしくなってきた。
僕が笑うと、彼女は
「とりあえず、不発弾になるには、思いっきりしけこまなくっちゃね」
とささやいた。僕は彼女を抱きしめた。花火の音が背中にびりびりっと、しびれるように、僕を抱きしめた。

end

(c)AchiFujimura StudioBerry 2005/6/3