わたし死んでもいい

 自分のファンに手を出さない主義のミュージシャンも多いと思いますが、
リョウはファンの女の子と恋人同志になることが多い青年でした。
いつでも自分をわかってくれるのは、ファンの女の子だったからです。

 数々の出会いと別れを繰り返し、新しい「運命の出会い」を感じて
リョウと、彼の熱烈なファンだった彼女は急接近しました。

 ライブがはねて、こっそり待ち合わせをした二人は、並んで夜の町をあるきました。
ミュージシャンのイメージとは裏腹に、オクテなリョウは、ポケットに手を突っ込んだまま
彼女のほうを見ることも出来ずにソワソワと歩いていました。

 そんな夜の散歩が何度も続いて、ある夜 波止場で二人は立ち止まりました。
彼女の手を握ろうと、リョウがそっと手に触れました。
驚いて手を引っ込めてしまった彼女と目が会ったので、二人は黙り込んでしまいます。

「ご、ごめん、手をつないでもいい?」
リョウが年の割りに気持ち悪いぐらい純情な事を言うので、彼女はリョウの目を見つめたまま
「すごく嬉しい。だって、リョウと手をつなぐことができたら死んでもいいって私神様にお願いしてたの」
とつぶやくので、リョウは慌てて手を引っ込めて、彼女を見つめ返しました。
「死んでもいいなんて、どこの神様にお願いしたの。そんなこと言っちゃダメだよ」
「貴方のことを思うときにふとそう思っただけで、どの神様かはわかんないよ」

 リョウが怯えるのもムリはありません。実はいままでに、手をつないだりキスをしたり、
何かするたびに「死んでもいいと何者かにお願いしてた」少女達が実際に死んでいるのです。
彼女達はリョウのことが本当に好きだったのに、リョウも彼女達を本当に好きだったのに、
ささやかな願い事と引き換えに 少女の命は無情に散ったのです。

 リョウがいままでの悲劇を、胸の中で死んでいった少女達を思い出して戸惑っている隙に、
彼女はリョウの手をさっと握りました。
「あっ!」リョウは心臓が跳ね上がる思いをしました。ドキドキしながら、かわいらしい彼女の
目をみつめて、しばしの間そのままで過ごしました。
「ね、死なないでしょ」

 彼女が笑ってひっぱるので、リョウも歩き出しました。
彼女は死ぬ気配はありません。手はしっかり握られているのに、です。

 よかった、これでもう好きな女の子を失うことは無いと、リョウはほっと一息ついたのですが、
彼女の想いは死ぬほど強いものではなかったんだなと、
すこしガッカリしてしまった自分にも気がついたのです。


end

(c)AchiFujimura StudioBerry 2007/07/14


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