俺のぬけがら

 俺はずっと長い間、地面の下でぬくぬくと毎日を過ごしていた。
食べ物は、俺の周りに縦横無尽に広がっているパイプにくちを突き刺すだけで手に入る。
様々な音が聞こえるので、寝ていても退屈しなかった。
音には周期があることも、俺は発見していた。
中でもどこからか聞こえるシャラシャラという音がスキで、それが終われば地面の下も
猛烈に暑くなるという順番も、もうすでにおなじみだった。

 ある日なにかの電波のようなものを受け取って、俺は一心に地面に逆らって進んだ。
地面が途切れると、聞いたことのない音が体中に広がって、風というものをはじめて感じて、
体の重さも感じながらひたすら何かによじ登ったのだ。

 まぶしい光を浴びて、俺はただアゼンとした。
なんとなく「これが俺だな」と思ってた物体が、今 目の前にあるのだ。
茶色くカサカサとした質感の俺は、クイのようなものに張り付き、
背中をぱっくり開けて空っぽになっているのだ。

 それでは、いまココにいる自分はなんなんだ?
記憶にある手足も、くちも、目もみなあの抜け殻どおりだ。それでは俺は魂になってしまったのか。


 それから毎日、わけのわからないまま俺は抜け殻のそばで抜け殻をみつめ続けた。
こうしていれば、またいつの日か元に戻れるんじゃないかと期待もあった。

 結局自分がどうして抜け殻になってしまったのか、あの日なぜ地中から出てしまったのか
わからないまま、ぼーっと抜け殻を見て毎日を過ごしていた。
 地中から出なければよかった、なぜ抜け殻になった、と後悔をし続けた。
最近では世界も抜け殻もかすんで見えてくるので、やはり俺は魂になっていて
そろそろ消え去るのかもしれない。

 その日も夜を迎えて、地中のような暗い空気の中抜け殻をぼんやりとみつめていると、
地中から這い出して、いま まさにクイを登ってくるヤツがいた。
まさに抜け殻になってしまった自分と同じ姿だ。もしかすると、時間が元に戻って、
いま俺は俺が抜け殻になる瞬間を見ようとしているのかもしれない。
息をのんで見守る。

 長い時間をかけて背中を割り、茶色い自分を捨てた魂が姿をあらわし、その羽を伸ばしていく。
俺は近寄ってさらに見守った。そしてようやくすべてを理解したのだ。

 もう少ししてコイツが目を覚ましたら教えてやろう。
「お前は抜け殻の事を忘れて遠くへ飛んで行け!」


end

(c)AchiFujimura StudioBerry 2007/08/06


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