家に棲む

 僕は、普段巣を張らずに歩き回るタイプのクモなのですが、そんな僕らにも帰る家はあります。
家といっても「お気に入りのスキマ」です。外敵から身を守ってくれるスキマの中で、
いつも安心してねむるのです。

 人形のまたの間は居心地のいい住まいでした。
 本のてっぺんと本棚のスキマもいい住まいでした。
 箱と床のスキマもいい住まいでした。
 でも、そこに長くは棲めないのです。

 僕らが無意識に出している糸が、いつのまにか絡まって、家の中をいっぱいにしてしまいます。
これでは僕がこのスキマにとらわれてしまいますから、ある程度の時間棲んだなら、出て行かなくてはなりません。

 いままでに何度も、家と泣く泣く別れてきました。
 いっそ僕の命が、家に糸が絡まるまでの時間と同じだったら良かったのに。
 気に入った家にずっと棲んでいたいのに、家の寿命はあまりに短いのです。

 そして運命の家に出会いました。
 広さも、方角も、利便性も、隠匿性も、通気もいい家です。
僕はここからうまれたんじゃないかとおもうほど、しっくりくる家です。
最初は、えさを捕まえに外出すると、家に帰るのを怖く感じました。
僕の糸がまた家の寿命を削るからです。でも、家の心地よさを思い出しては、ちょくちょく帰りました。
次は外に出なくなりました。居心地のいい家にずっといたいからです。

 おなかもすいたのですが、どうしても家から出る気になりません。
眼下には綿ぼこりが風に吹かれて揺らめいていて、なんとも幻想的な眺めです。
「僕はこの家と一緒に寿命を終えてもいいかもしれない」
糸はまだまだ少ないのですが、僕は完全に家にとらわれてしまいました。
この大好きな家につつまれて、ゆっくりねむりたい。もう家と別れたくない。そう思いました。


 でも僕は、家を出ることに決めたのです。
お気に入りの家にも糸が張り巡らされ、もう棲めません。
この家のことは忘れられませんが、まだ他にもいい家があるかもしれないのです。
いままでの「いい家」ランキングは塗り替えられています。
心中に値する終の棲家が、次の家なのかもしれませんから、僕は生きるのです。


end

(c)AchiFujimura StudioBerry 2007/09/19


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