廻る観覧車とぬいぐるみ

 七歳のラナはひとり、小さな公園までやってきました。
ラナは自分が必要ない子どもだと知ってしまったので、そっと音も立てずに家を出ました。
知っている道と反対側へ歩いたのは、必要ない子どもだからです。

 小さな公園は、裏側で反対側にあるのに、誰かがきれいにしてくれているようで、荒れてはいませんでした。
ひとはひとりもいませんでした。
かわりに観覧車がひとりいました。
ラナは観覧車に声をかけました。
「こんにちは」
「はい、こんにちは」
観覧車は返事をして、ラナをみおろしました。

「ラナも、観覧車に乗れますか」
ラナが聞くと、観覧車はとくに感情もこめずに答えました。
「ひとは重たくて、乗せられないんだ。大きいけどおもちゃの観覧車なんだよ。生まれてから三十年、まわるだけのやくたたずさ」


ラナはだまって、観覧車のもっとちかくに寄りました。
よくみれば、観覧車の小さなかごにはぬいぐるみたちが座っています。どれもくたびれて、ひとこともしゃべらなくなったぬいぐるみです。
「ぬいぐるみを乗せているの?」
「三年前から乗せているよ」

「僕の二十七歳の誕生日にね、……つまりこの公園が出来上がってから二十七年たった日だけど、
管理人のおじさんがぬいぐるみたちを連れてきたんだ。
必要なくなったぬいぐるみたちだよ。このなんのやくにもたたない僕に、役目を与えてくれたのさ、ぬいぐるみを乗せて廻れって。
カラのかごが下に行くたび、おじさんがひとつひとつぬいぐるみを乗せていったよ。
僕はそれまで、自分がやくたたずでもなんにも悲しくなかったけどね、ぬいぐるみが全部乗らなかったときは悔しくて泣いたよ」

「乗らなかったぬいぐるみはどうなっちゃったの?」
「必要のない、ぬいぐるみだからね」
「まだ、そのときのことがわすれられなくてかなしいの?」
「いまは、きみを乗せられないことがかなしいよ」


ラナも観覧車も黙ってしまいました。
すっかり夕暮れです。この小さな公園には、だれも訪れません。ただぬいぐるみを乗せた観覧車が廻っているだけです。
ラナは広い芝生に落ちた観覧車の影にそっとかさなると、かごの動きに合わせてぐるぐる廻りました。
てっぺんは影もおぼろげで、廻るラナを不安にさせましたが、またかごの影がはっきり戻ってくると
安心できるのでした。


すっかり夜になって、観覧車はかごにちいさな明かりをともしました。
ぬいぐるみたちは昼間よりもはっきり見えています。

「ありがとう」
「ありがとう」
「かなしいね」
「かなしいね……」

ラナと観覧車はわかれました。
来た道を戻りながらラナは、廻るこの世からあぶれたいらない子どもでも、
朽ちるまでは生きてみようかなと考えていました。


end

(c)AchiFujimura 2014/10/12




ショートショート「ブラックドウワ」目次へ戻る
ショートショート目次