ロウジン

よたよたと老人が飛んでいました。

もう長くないでしょう。食べるものも自分でとることが出来ないのです。
飛ぶだけでせいいっぱいなのに、動き回る虫をとることなんて到底出来そうに有りません。
そう、この老人は鳥なのです。つばめという鳥なのです。

5月の初夏の日差しの中、若鳥たちがせっせと働いているのを
電線にとまって見つめていました。
「わしには、もうあんなに素早く飛ぶことも、危険な低空を滑ることもできない。」
老人はつぶやきました。
この老人の奥さんは、今回の渡航の前に死んでしまいました。
ひとりぼっちなのです。
そして自分も、もう生きるちからを無くそうとしています。

そんなとき、一羽の若いつばめが目にとまりました。
その姿は、死んでしまった奥さんの若い頃に生き写しです。

つい、ふらふらとついていきました。
巣が完成したばかりの新婚さんです。
しかし、彼女は見ればみるほど奥さんに良く似ています。
最後にいいものを見れた。そう思いながら老人は昔のことを思い出していました。

そのうちに、若いつばめは巣を離れて飛んでいきました。
ふと、老人の心にあるひらめきが来ました。
次の瞬間には、もうその巣の中にタマゴと一緒にうずくまっていたのです。

若鳥の夫婦が帰ってきました。夫は食料を。妻は巣の材料をすこしもって。

二羽とも、老人の存在にすぐ気がついて、いったん巣を離れました。
でもふしぎなことに、二羽は老人を追い出したりしませんでした。
そして、食料を老人にも分け与えました。

そのうちヒナがかえって、この巣はふしぎな3世帯家族になりました。
若鳥が餌を持ってかえってくると、老人もピーチピチとおねだりします。
でも、ヒナたちの後にエサをもらいます。
若鳥がいない間には、巣をこっそり直してあげたり、ヒナにおはなしをきかせたりしていました。

そんなこんなで、数週間がすぎました。
老人はまだ、巣の中にいました。
ヒナがおおきくなって、ちょっと居場所がなくなってきた老人は近くの電線にとまりました。
どこからか、話し声がきこえてきます…。

「なぁ、いつまであのじいさん置いとくんだよ。」
「おいだすんじゃ、かわいそうよ。」
「どこの誰かもわかんないようなじいさん、なんでヒナと一緒に養わなくちゃなんないんだよ。」
「それはそうだけど、あなた……。」
「なんか、宝物でももっているなら話は別だけどさぁ。みたところただの貧乏じいさんらしいし。
エサやって感謝されてもうれしくねえしなぁ。」
「あなた、そんな言い方ってないわよ!」
「なんでおこるんだよ!」
「おこってなんかいないわよ、でも……ただ……」

老人はめまいがしました。
ヒナたちがかわいかったから、若奥さんもやさしかったから、
……あの巣の居心地が良かったから。
老人は吐き気がする思いで、巣とは反対の方向に飛びました。

そしてたどり着いた場所は………
老人が奥さんと立派な巣を築いた、なつかしい軒下でした。

ああ、わしがつくった巣の礎がまだのこっている。巣はもう無くなっているけど。
ここで、かわいかったヒナが一羽落ちて死んでしまった時の悲しかったこと。
餌のおいしかったこと。夕焼けが奇麗だったこと。
奥さんの声。
いろいろが鮮やかに思い出されました。

−やっぱり。ここにいるようなきがしたんです……。
鮮やかすぎる奥さんの声。
老人は振り返りました。
その声の主は、自分の奥さんではなくさっきまでいた巣の若奥さんでした。

「ああ、もうわしは旅にでるよ。いままで、ありがとう」
老人が言うと、若奥さんは
「ごめんなさい」
「あなたを養うことはもう、出来ないの」
と、寂しそうにいいました。

「いい、いい、わかっている。感謝すれこそ、あんたらをうらんだりしないさ。」

老人は、あの巣を離れて一人になったら死ぬことがわかっていました。
若奥さんも、巣から追い出したら老人が死んでしまうことがわかっていました。

「さようなら」
「さようなら」

「さようならお父さん」
「さようならかわいい娘」

二羽はわかれました。老人は海の方へ。若奥さんは自分の巣へ。

そして老人はあても無く海の上を飛びながら、考えていました。


  今度生まれ変わったら、あの男との結婚は断固反対してやる……

end