あるく人

無邪気な天使がいました。
天使の能力はそれぞれきまっていて、みんなで役割を分割してるので
この子の能力もひとつだけでした。
それは、人があるいた歩数が見える。というちからです。

いつものように、天使がフラフラと空を漂っていると
少し急ぎ足で歩いている男のひとをみつけました。
天使はとっても驚きました。
その男のひとは、信じられないほど歩いているのです。現在は 78840056037歩でした。
こんな人ははじめてみたので、天使は男のひとにちかづきました。

 男のひとは少しヒョロっとして、髪をざっくりと無造作に短くしていて、
服もなんだか見たことの無いような物をきています。

「どこへ行くの?」
天使が声をかけると、うるさそうに男のひとはちらっとみただけで、歩き続けました。
「なんて名前?」
天使がさらにきくと、男はぶっきらぼうに「イノー」と答えました。
「どこへ、行くの。」もう一度天使がきくと、
「しらない。どこかへ行くために歩いているわけではない」
イノーという男は答えました。
「じゃぁ、なんであるいているの。たくさんあるいているじゃない。」
「そうだ。寝ずに、歩いている。休まずに、歩いている。」
天使はビックリして、とりあえず宙を一回転飛びました。
「私は、江戸にすむ商人だった。普通に暮らし、普通に休んだ」

「エドって、ずっとむかしのトウキョウのことだね。
…それで、どうして300年近くも歩きつづけているの?」
「ある日、御告げがあったのだ。
”人間は死ぬまでに打つ鼓動の数が産まれた時に決まっている。
お前だけは特別に、歩いた歩数だけ鼓動の数を増やしてやろう。”
…その日から、私はずっと歩いているのだ。そして300年程命を保ってきた」
ふーん。天使はなっとくいかない様子であいづちをうちました。

「イノーは、そんなにあるいてまで、どうして生きたいの。なんで生きていたいの。
何をするために生きるの。」
「…とりあえず、歩くのを止めたら寿命が来てしまう。」
「でも、歩いていたらほかのことは何も出来ないよ。歩くのが好きなの?歩きたいの?」

イノーはそこでふと、立ち止まりました。
イノーが立ち止まるのはじつに32年ぶりです。

「私が歩いている理由」

イノーは息を切らせながら、頭を抱え込みました。
自分の歩く理由を探そうとしたのです。それは、生きる理由とも同じでした。

「お前が、教えてくれないか」
イノーはすがるように、天使に問いました。
天使は、イノーを少し上から見下ろすと、
「いったい、お告げなんてしたのはだれなの?うちの神さま?」

「ホトケさまだ…」
イノーは言いました。
「なんだ、宗教が違うんじゃん。それじゃね。」
天使はそれだけ言うと、空へ帰っていきました。

イノーは少しのあいだ呆然としていましたが、
また歩きはじめました。

end