私は、だれ?

「赤ちゃんの標本を持ってきたぞ。」

そういわれて、私がここに置かれたことを覚えてる。
私は何もみえないけど、心がここにある。
私の名前は、そう、最初に誰かが教えてくれた
「アカチャン・ヒョーホン」

ずっと目を閉じて、暗い中ですごしている私。
みんなが私をみていろいろささやくのを聞くのが楽しみ。
「アカチャンのヒョーホンね。」
みんな私のことを、そう呼ぶの。
なんで名前を知っているのかしら?
私のことを見ると、誰でもアカチャン・ヒョーホンという名前とわかるような姿なのかしら?

おかしいなって違和感を感じたのはそのすぐあとだったの。
私をみて、誰かが
「オンナノコのヒョーホンね。」
と、つぶやいたの。
だんだん、私の名前は「オンナノコ・ヒョーホン」で定着してしまったみたい。

また、長い時間がたって、ようやく「オンナノコ」と呼ばれるのに慣れたと思った頃
「オネエサンのヒョーホンだね。」
と、誰かがつぶやくの。
ヒョーホン、とつくということは私のことね。
こんどは「オネエサン」になったの?
わからない。私が誰だか。
私の姿は変わっていっているの?
どんな私なの?なんでみんなは、私の名前を変えていってしまうの?
私の名前は、どれが正しいの?

「オバサンのヒョーホンだね」
オネエサンと呼ばれるのにようやく慣れたのに、また
誰かが私の名前を変えてしまう。

長い月日がたって…
誰かが私のことを、「オバーチャンのヒョーホンだ」といいました。
いいかげん、名前が変わるのにうんざりしていた私です。
いっそのこと、名前を付けないで。名前を呼ばないで。
私が誰か、と悩むくらいなら 私は私を知らないほうが幸せ。

長い月日がたったみたい。
「…ホネのヒョーホンだね、」
誰かがそういいました。
ほかの人も、「うん、ホネだ」
「ホネだね。」「ホネでしょう」

それから幸せな日が続いています。
あの日から、私の名前は変わらなくなったのです。
ずっと、「ホネ・ヒョーホン」のままです。
私の名前はホネ。誰も疑いません。
誰がみても「ホネ」なんだわ。

「私」が「私」になれました。

end