生きている樹

また、花の咲く季節がやってきました。
今年も、見たこともないような綺麗な大輪の花を咲かせる樹が、満開になっています。
ナオキくんはその樹が大好きでした。
甘い花の香りと、大きな花、すがすがしい空気。
大樹に身を任せるときが、一番幸せな時間でした。

「やぁ、ナオキくん。」
「先生!」
ナオキくんがいつものように大樹のところで花を見ていると、
学校の先生が通りかかりました。
「何をしているんだい?」
「花をみているんです。ぼく、この花大好き。どうしてこんなに綺麗な花が咲くんだろう」

ナオキくんが花を見つめながらまじまじとつぶやくと、先生は「わはは」と優しく笑いました。
「それはねえ、人が造った、造り物の樹だからだよ」
「う、うそだ!!」
ナオキくんにはとてもショックだったようです。
今まで、生きている樹だと信じて疑わなかったものですから、
この樹が造りものだなんて思いたくなかったのです。

「おや、気に入らないのかい。どうして、造り物じゃ嫌なんだい?」
先生がやさしく聞きます。ナオキくんは今にも泣き出しそうです。
「だって、生きていないんじゃ、好きになんかなれないよ」
「そうか…ナオキくんが、好きになれる生きている樹って言うのはどんな樹かな。」

「生きている樹は、地面から、お水を吸い上げているんだ。」
「この樹も吸い上げているよ。地下水を少しずつ吸い上げて、有毒な物質を濾過しているんだよ。」
「うーんと、生きている樹は、太陽の光でエネルギーを作って、二酸化炭素を吸って、酸素を出しているんだ。」
「ナオキくん。さすが、理科が得意な君だけあって、よく覚えていたね。
そう、この樹もそれをしているよ。温暖化の原因にもなっている二酸化炭素を吸い込み、処理し、
太陽電池のエネルギーで酸素を作り出しているんだよ。この樹の周りはいつでもいい空気だ」

ナオキくんは下を向いてしまいました。
「どうした?ほかに、この樹が生きている樹と違うところは無いのかい?」
小学生のナオキくんが、樹について知っていることはもう全部言ってしまいました。

先生はやさしく、ナオキくんの頭をなでました。
「この樹は確かに、生きてはいないよ。生きている樹と違うところは、ナオキくんが知らないところでたくさんあるんだ。
どんなに似せても、造り物の樹であることはかわりない。
でもね。」

ナオキくんはこの樹を好きになったんだろう?
この樹に心があると感じたんだろう?
それならそれでいいじゃないか。
物には心が宿らないなんて、それは20世紀の考え方だよ。
この樹が好きなら、生きていないというだけで嫌いになれるはずがないんだよ。

ナオキくんは目をグイグイこすって、そのあとにっこり笑いました。
「先生、もっともっと、この樹の事、教えて。」
「よぉし、明日、この樹の事を詳しく書いた本を学校に持っていってあげるからね。」
先生とナオキくんは、そこで別れました。
ナオキくんは、いつもより長い時間、樹と一緒にいました。

end