農業
今年のバッタは少し増えすぎている。
農学部で食糧問題について研究している左田京吉教授は、水田を眺めながら一人つぶやいていました。
農薬などをつかっておらず、水温調節も完璧な京吉教授の水田ですが、今年はその稲の葉を食べに来るバッタが例年より多い気がするのです。
教授はあぜにしゃがみこんで、バッタの食事風景を見つめています。
食べ方も、近づいた他のバッタへの対応も攻撃的になっている。
バッタの体の色も、濃く変化している。これは群れをなすバッタになるかもしれない。
「この問題には、早々に着手しなくてはならないぞ」
教授は腕組みをして、広い水田をながめていました。
次の日の朝早く、日もようやく出てきた頃、教授は水田のあぜに立っていました。
そして水田に向かって大きな声で叫びます。
「バッタ諸君!ぜひ話し合いたいことがある。代表者1名、こちらへ出てきてほしい」
シーン、と水田は静まり返りました。教授はまっすぐ水田を見つめています。
ガサガサ、と音がして、教授の近くの稲の穂の上に1匹のトノサマバッタが現れて、前足をあげて見せます。
「君が、代表か」
教授がしゃがみこむと、バッタは穂を揺らして答えました。
「君も、黒く固くなっているところを見ると、今年は飛蝗になるつもりだな」
バッタは黙って教授の話を聞いていました。
トノサマバッタの周りに、これまた黒く硬くなったトノサマバッタがたくさん現れました。
「こんなにふえてしまったのか。それでは飛蝗にならざるを得ないだろう。
しかし、私の話を聞いてくれないか。君達の食糧難を解決するためなんだ」
教授はバッタたちに話して聞かせました。農業の大切さを。
食べるものは自分で育てないと、いつか食べ尽くして自分達も死んでしまう。
少しでもいい、食べ物を作ることにかかわれれば、食べ物を作ることの大切さがわかるはずだと。
簡単な種の収穫方法も、育て方も、食べていい時期の説明もしました。
そして最後に、かき集めたイネ科の植物の種をバッタたちに渡しました。
バッタは真ん中の足の脇にそれぞれ種をはさみます。
「この種は、たくさん用意してあるよ。みんなで取りに来なさい。
休田も用意してあるし、卵を産むときに一緒に種を埋めればそれでいいから」
教授は、バッタが理解して前足を上げたのをみて安心しました。
水田の水の入替をしたら帰ろうとその場を離れたとき、バッタたちが稲の穂をサワサワと揺らしました。
教授は笑顔になりました。
数日後、教授が用意したイネ科の植物の種は全てなくなりました。
もし、近所の休田にたくさんの雑草が生えていたら…
そこは農業をするバッタたちの農場なのかもしれません。
end
(c)AchiFujimura