ポストの中にコビト

 近頃、物騒な世の中で、重要な郵便物を狙った盗難が多発しているらしい。
確かに個人情報満載の請求書や背番号やらが届いているので、僕もアパートの集合ポストにカギをかけることにした。
ところが、なれないうちは非常に不便で、カギを開けるのに手間取ってしまう。
ようやくカギをはずして中をのぞいたのに、何も郵便物が来ていなかったなんてことはざらだ。
仕事から、暗くなったころ帰ってくるので、ポストの窓から覗いても中身がわからないのだ。

ちょっと手先が器用な僕は、スイッチを押せば電気がポストの中を照らす仕掛けを作った。
これが思っていたよりずっと便利で、ポストの中がバッチリ確認できるのだ。
まるで箱庭―「箱部屋」と呼ぶべきか、―をのぞいているような気すらする。

 こうなってくるとさらに工作腕がうずくというか、より部屋に仕立て上げたくなってしまった。
僕は小さな机をポストの中に置き、小さなイスを置き、ソファを置き、絨毯を敷いた。
少しずつ、子供の頃あこがれた西洋風の部屋が出来上がっていった。


 ある日、僕が仕事から帰ってくると、僕のポストから光が漏れていた。
あれ、昨日消すのを忘れちゃったのかな。とりあえず中を覗いてみると、ポストの中のイスに小さな人形がいた。
模型なんかおいた覚えはない。
僕が不思議に思って、人形をつまむと、そいつは人形よりぐにゃっとやわらかく、しかもバタバタと暴れだしたのだ!
「はなしてくれ!はなしてくれ!」
人形が騒ぐので、僕はそっと手をはなした。これは人形じゃない、コビトだ。
身長4.5cmぐらい、男、群青のスーツと白いシャツ。上着はイスにかけてあった。

 「キミ、人が部屋でくつろいでいるのに、いきなり挨拶もなしにつまみ上げることはないだろう、礼儀を知らない人だな」
コビトは静かに、でもきつい口調で僕をたしなめた。
一瞬、申し訳ないことをしたような気持になったが、すぐ目を覚まし、
「そんなことより、僕のポストになんで棲んでいるんだ。そのほうがおかしいじゃないか。
百歩ゆずって、コビトがいることは認めるけど、何も僕のポストに棲むことはない」
とコビトに詰め寄った。コビトは僕の大きな声に耳をふさぎながら、部屋のほうに顔を向けてしまった。

「ここは良く出来ている。コビト仲間が作る家具よりずっとつかいやすいし、光も明るい」
コビトが本当に気に入ったような表情で、部屋の中を見回していた。
小さな顔だけど、表情が豊かなので感情がよく伝わってくる。

僕は、自分が作った物をほめられて少し嬉しくなったが、
「とにかく、ここに棲まれたら僕は困るんだ。家具はあげるから出て行ってくれ」
とコビトにもう一度、ゆっくり、あまり大きな声にならないように伝えた。
「せっかちな人だな、とにかく座りたまえ」
コビトがイスをひくので、「座れるわけがないだろう」と冗談をさえぎった。
「冗談にも笑ってくれないなんて、無粋な人間だな。昼ごろだって、いきなり部屋の中に白い板を突っ込んできた人間がいたし」
「それは僕宛の郵便じゃないか?どこへやった?」
「板は、案外軽かったから外へ押しやったよ。」
コビトがそういうので、ポストの下へ目をやると、一枚のハガキが落ちていた。

DMだから良かったものの、これじゃこれからも困るなぁ。
「困るよ、これは僕宛の手紙だ。この箱はね、僕宛の手紙が来るところなんだ。
手紙が届かなくなったら困るんだよ」

僕がコビトに、少しすがるような態度でお願いをすると、コビトは難しい顔で腕組をして考え込んでしまった。


「あい、わかった。」
コビトが、わかったという表情をして僕のほうを見た。
ようやく出て行ってもらえると僕は安心したが、
「私がキミ宛に、毎日手紙を書くから。ここに私が住んでいても、キミに手紙は毎日届く。これでいいだろう」
満面の笑顔でコビトがそういうものだから、僕はもうなにも言い返せなくなって、
「それじゃぁ、お願いします」
と言ってしまった。

管理人に事情を説明して、空いているポストに部屋番号を貼り付けて、そこへ郵便を届けてもらうことになった。
最終的には何の問題もない。
相変わらず、ポストにコビトは棲んでいて、毎日きちんと僕宛の手紙を書いている。
彼なりには大きく書いてあるだろう文字も、僕には虫眼鏡でようやっと見えるような大きさだ。
苦労して読んでも、「元気ですか、ここは快適ですね」とか、「タンスを作ってください」とか、他愛もない内容なのだ。


あ、そうそう、今日の手紙は面白かった。あきれてヘンな笑いしか出なかったよ。

「私が仕事に行っている間に、誰かが部屋へ侵入すると困りますので、部屋にカギをつけてください。最近物騒ですから」


end

(c)AchiFujimura 2002/11/5



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