「ホワイト・スノー」を先に読むとより楽しめます。

ブラック・スノー

 中学生のちーちゃんは、朝不思議な音で目がさめました。
シャンシャンシャン、シャンシャン……。
鈴をたくさん振っているように不思議な音です。
ちーちゃんがそっとカーテンを開けると、外は一面の雪景色。
何もかもが真っ黒です。
「うわぁ、雪だ!」

ちーちゃんは転げるようにして2階の寝室から降りていきました。
高校生のお兄ちゃんも少し興奮したようすで、パジャマのまま外を眺めていました。
「お兄ちゃん!今日はすごい積もったね!」
「積もったなぁ。今日は学校は休みだな、この中を自転車はとても無理だよ」

「外にでちゃぁ、ダメよ。服が真っ黒になるし、穴がわからないから」
お母さんがやさしく二人に言いました。
「そうだね、穴がわからないだろうね」
お兄ちゃんもうなづきました。

「でも、こんなに積もって真っ黒なのはじめて。太陽もギラギラしててきれいだし、
外に出てみてもいい?」
ちーちゃんはお母さんにお願いします。
お母さんは「しょうがないわねえ、遠くに行かないでよ」と、スケートのときに着るウェアを出してくれました。
「はーい!行ってきます!」
ちーちゃんが元気よく飛び出そうとすると、お兄ちゃんが「ちー、この竹の棒も持っていきな」と棒をくれました。
ちーちゃんは不思議そうな顔をしながら、その長い棒を受け取りました。

 銀世界、という言葉はよくわからないけど。
ちーちゃんはこの真っ黒な世界がとても気に入りました。
なるほど、黒い雪の表面が太陽の熱で少し溶けて、キラキラ光っています。
「ダイヤモンドみたい」
そして庭の端っこに、小さく山を作り始めました。「なにをつくろうかな。アマミノクロウサギかな。」

 そして10分ぐらい経った頃、ちーちゃんのクロウサギはかわいく出来上がっていました。
壊さないように周りごとウサギを持ち上げて、走って家に帰ろうとしました。
あっ!
すとんっ!
ちーちゃんはおしりを打って、少しの間動けませんでした。
「痛い」「何が起きたの?」「真っ暗……」
周りを見回しても、真っ暗です。ただ上を見ると、まぶしいぐらいのコントラストで丸く空の穴があいています。
「穴だ!これが穴なんだ」
手を伸ばしても空の穴に届きません。
「深いみたい」「どうしよう」「ウサギもどこかに行っちゃってわからなくなっちゃった」
雪は冷たいし、真っ暗だし、怖くなってちーちゃんは半べそをかきはじめました。
「お兄ちゃん、お母さん、助けて」

そこでちーちゃんは、棒のことを思い出しました。
「きっと、穴に落ちたら振り回して場所を教えろって事だったんだ」
でも、真っ暗でわかりません。「どこにあるんだろう……」
気がついて、呆然としました。クロウサギを両手に持ってたから、あそこに棒を置いてきちゃった。
ああ、バカだ。どうしたらいいんだろう。

ちーちゃんは絶望して、本格的に涙が出てきました。
そのときどこか遠くのほうで、「ちー!ちー!どこに行った?」とお兄ちゃんの声が聞こえます。
「お兄ちゃん!私はここよ!」ちーちゃんは叫びましたが、雪の壁が吸い込んでいるようでお兄ちゃんに届きません。
ハナミズも出るほど泣きながら、ちーちゃんは雪だまを作り始めました。
それを空の穴にほおり投げます。「私はここにいるの!気がついて!」
必死で、何度も何度も投げました。「お願い、気がついて!」

「ちー!」
お兄ちゃんの頭の形が、空の穴にかぶさりました。
「穴に落ちてたのか。ダメじゃないか、棒を持ってなくちゃ……」
お兄ちゃんがはしごを降ろしてくれて、ようやくちーちゃんは穴から出ることができました。


 「おモチが焼けましたよ。」
無事にもどってきたちーちゃんの、大好物のおモチをお母さんが焼いてくれました。
ちーちゃんが大好きな磯辺まきです。

「どうしたの?食べないの?」じっとおモチを見つめたままのちーちゃんに、お母さんが声をかけます。
ちーちゃんは大好きなノリを、べりべりはがしてしまいました。
「あらあら、もったいない……ノリ、大好きだったじゃない。」
「嫌いになったの」

ちーちゃんには、磯辺まきのノリの黒さが怖くなったのです。
おモチに深い穴があいたように、見えるから。


end

(c)AchiFujimura 2002/12/10


Topページへ戻る  ショートショート「ブラックドウワ」目次へ戻る