洗濯物

 私は、他の洋服とは違って「よそいき」と呼ばれることを誇りに思っています。
私自身の布がこすれあうとき、他の洋服とは比べ物にならないほどすべすべで、滑らかなことを知っています。

 私のご主人様は細身で長身、短くカットした髪の毛がくるくると巻いていて、とても素敵な女性。
まさに私を着るのにふさわしい人間です。それはそう、人間が服を選ぶんじゃない。服が人間を選ぶんだから、
私を着るのにふさわしい人間を選んだだけの話です。

 私を着たご主人様が、ふわっと街へ出かけます。私は街が大好きです、
だって私の赤い色が一番引き立つのは、街の雑多な色の中に紛れ込んだときなんだもの。
今日も他の人間が振り返ります。
「みて、あの服。素敵ねえ」
「私にはきっと似合わないわ、あの人が素敵だから似合うんだわ」
そんなの当たり前じゃない。

 レンガの坂道を下っていくと、いつものショウウィンドウに彼が寄りかかっています。
ご主人様が少し息を切らせて、小走りにかけていきます。
私も一緒にドキドキする。

 彼の洋服も素敵、ご主人様と彼の腕が絡みあったときに、私と彼の洋服も絡み合うの。
お互いの肌触りを感じると、知らずに繊維がうずうずしてしまう気持になる。

 素敵な一日は終わらなければよいといつも思ってしまう。
あんなに良い朝から始まったのに、お出かけの後の夜はいつも憂鬱。
私は「よそいき」と特別な名前で愛されていたのに、ご主人様が私のことを「洗濯物」と呼び捨てる。

 洗濯物!洗濯物!洗濯物!
この名前がとってもいや。私が普段軽蔑してる、靴下だって「洗濯物」!
下着も、部屋で着てたティーシャツも、汚れたエプロンも、みんな「洗濯物」!

「洗濯物洗わなくちゃ」
「洗濯物干さなくちゃ」
ご主人様の声が聞こえる。私を他のものとひとからげに、洗濯物と呼ぶご主人様は嫌いだ。
バルコニーの空気は好き、鳥の声も身近に聞こえるし、風が私にさわるのも・水が抜けて私が軽くなるあの瞬間も好き。
でも、早く私をクローゼットへ連れてって。
ご主人様が私のために特別に用意してくれた、あの「よそいき」のための場所へ。


 いつも夕日がオレンジと薄紫を織り成すころ、ご主人様がバルコニーへきてあの一言を言って、
「洗濯物」の時間が終わる。今日はまだ来ない。
見たこともないほど、空が濃く青くなってもご主人様が来ない。
怖くなってくるほど、空が黒く深くなってもご主人様が来ない。
他の洗濯物からもざわめきが聞こえる、みんな震えてる。

 ふと隣を見ると、洗濯物が風にはためいてる。その布はなんだろう、洗濯物の前の名前もあったはずなのに思い出せない。
「あなたは誰」
「洗濯物ですよ。あなたもそうでしょう、洗濯物さん」
「違う、違う、私はよそいき」
私は怖くなって、早く洗濯物をやめたくて仕方ないのに、
朝がきて明るくなって、 また 夜がきて暗くなって、それの繰り返しが何度も続く。

 ご主人様が来ない。洗濯物はみな、乾きすぎでからだが硬くなった。
私の自慢の赤も、少し弱くみすぼらしくなってきた。鳥や虫がつついて、穴から糸がほころびる。

 なんだっけ、あの呪文。私をつらい「洗濯物」から解き放つ魔法の言葉。
いつもご主人様がつぶやいて、私をよそいきのクローゼットへ連れて行ってくれるんだ。
私は一生懸命思い出して、その呪文をつぶやいた。
「洗濯物」「洗濯物取り」「洗濯物取り込まなくちゃ」

end


(c)AchiFujimura 2003/7/25