責任者を訪ねて
男は、初冬の暗い午後に、寂しい駅で一人列車を降りました。
ホームから小さな駅舎に入ると、一人のめがねをかけた老人が、
待合室の真ん中に置かれた石油ストーブに手をかざしていました。
国鉄の制服を着ていたので、駅員だとわかりました。
「すいません、黄泉の森へはどちらへ行けばいいですか」男はぼそぼそと尋ねました。
「黄泉の森なぞ、いまから行ってどうするつもりだ。あんた、死ぬつもりだろう。
私は、駅員として道案内もするが、いままで黄泉の客を黙って見送ったことだけはねえだよ」
男は黙ってうつむいていました。
「もう生きてたってしょうがないんです。私は小さな会社を経営してましたが、すべて
引き払ってきました。会社は倒産、借金は返せそうもなく、子どもが5人もいるんです。
私が死んで、わずかでも保険金をもらったほうが、生活の足しになるでしょう」
うつむいたままの男は、石油ストーブの窓の向こうに揺らめく火を見つめていました。
「それでは、死んでしまえ」
老人はそう言い放つと、手をパン!と大きな音を立ててあわせました。
「さあ、これであんたは死んだ。死んだつもりで、何でもやってみろ。仕事だって、
なんだって出来るだろう。もう一度生きるためにがんばってみなさい」
男は老人を見つめました。老人も男を見つめています。
「駅員さん、あなた、僕に生きるよう言いましたね」
「そうだ、あんたはまだ生きていけるだろう」
男は老人の首をガッとつかみました。老人は驚いて、バタバタと暴れます。
「責任をとってくれるだろうな。死んだつもりなら何でも出来るってのは本当だな。
そうだ、俺は強盗だってできる、一度死んだのだからな。手始めにこの駅の金を
全部出すんだ。はやく、そう、全部だ」
老人は震える手で、手提げ金庫からおつりと乗車賃を全て出し、男に渡しました。
「コレでだいぶ生活できるよ、ありがとな。俺、強盗でがんばってみるよ」
男はにっこり笑って、駅に到着した電車に乗り込んで、去って行きました。
駅員の老人が警察に通報したため、すぐに男は指名手配になりました。
そうとも知らず、男は行く先々で強盗を重ね、意気揚揚と、母親の住む実家へ帰りました。
「母さん、ただいま。いままで苦労をかけたけど、俺、強盗で何とかやっていけそうだよ。
今日はかりてた金を返しに来たんだ」
母親はすでに警察から連絡を受けており、男が戻ってきたら通報するようにと言われていました。
やつれた顔の母親は扉を開けて、男を中へ入れました。
「強盗なんて、なんと言うことをしでかしてくれたんだい。聞けば死にに黄泉の森へ出かけたって言うじゃないか、
どうしてそのまま死んでしまわなかったのさ!あんたはどれだけ私に迷惑をかければ気がすむんだい、ええ?」
部屋の中に入ったとたんに母親がそうまくし立てるので、男はびっくりしました。
母親は続けて怒鳴りつけました。
「あんたなんて生まなければよかった。そうさ、私は子どもなんて欲しくなかったのに、
大丈夫だから産め産めって、子どもはかわいいぞって、山田さんが言うから……」
母親はそこで言葉を詰まらせて、かがみこんで泣きました。
「山田さんがそう言って、母さんは俺を産んだのか?」
「そうだよ、山田さんがしつこく子どもはまだかまだかっていうから……」
「それじゃ、山田の責任だよ、すべて山田が悪いんだ。
辺境の駅で強盗があったのも、俺の会社が倒産したのも、俺が生まれたのも、
全て山田の言葉が原因だよね。大丈夫、山田は責任をとってくれるさ」
男は山田さんのすんでいるところを知っていましたから、すぐに出かけました。
山田さんに全ての責任をとってもらうために。
気軽に、人の生き死ににかかわることについて発言するのは止めましょう。
あなたはそうして、生まれたり死んだりした生命について、どこまで責任が取れますか?
end
(c)AchiFujimura 2003/12/1