未来日記
医者が気の毒そうな顔をして、まだ十三歳の僕に余命を告げたとき、母親は泣き崩れて、僕はただ呆然とした。
あと一年も持たないだろう、そういわれて元気になれっこない。
気を強く持たなくちゃいけないよ、なんてそれは勝手な言葉だと僕は思った。
その日から病室で窓の外と、差し入れの本を読むばかりの生活が続いて、僕の最後の時間はすぎた。
気がつけばあと二カ月で一年が経ってしまう。
いつ死んでしまってもおかしくないと思っていたので、これはがんばったほうだな、と自分をほめた。
それにしてもまだ若すぎるんじゃないか。健康に生きれば、あと六十年は生きられるだろうに、
僕ときたら、もってあと六十日の命だ。
せめて一日一日を、僕の一年として七十四まで生きたつもりになってやろう。
こうしてはじめたのが「未来日記」だった。
「十五歳の僕――高校に合格した。好きな子がクラスに二人いて悩んでいる」
「十六歳の僕――高校二年目。彼女いまだ出来ず、部活は順調だけど成績伸び悩み」
毎日一歳ずつ年をとっていく設定だ。思い描いた未来を書き留めて、普通に一生を生きた気分だけでも味わえたら、と思った。
「二十二の僕――大学卒業、就職決まる。スーツってのは硬くて着にくい」
「二十六の僕――同僚の女性と結婚。ロングヘアーの可愛い子。実は社長の娘だったことが結婚直前に判明」
「二十九の僕――こどもがうまれる。男の子。じいちゃんばあちゃんになった両親が孫を猫かわいがり」
「三十八の僕――会社では一番若手でアメリカ支店長にばってき、一年間単身赴任」
「四十三の僕――今年一番楽しかったのは娘の授業参観です」
もともとがまだ十四歳の僕、数年後のことだって考えていなかったのに、四十すぎた僕の姿なんて想像できなくなってきていた。
未来はこんなに遠いものだったんだ。
「五十四の僕――息子が二十五歳で結婚した」
「六十の僕――娘も結婚、僕は会社を定年で退社」
「六十一の僕――」
僕には老人がどういう生活をしているか想像もつかなかった。
そしてついに、僕はこの日を迎えた。
「七十四の僕――よくここまで生きたと実感。余生は好きなように生きる、人間でなくなっても」
一年ももたないといわれてから、今日で一年が経ったんだ。どうだ、見てみろ、僕は生きてた。
未来日記でも十分みんなと同じ人生を生きた。
これからは好きな日記を書くんだ、余生を楽しんでやる!
「八十八の僕――孫が米寿のお祝いをくれた。銀色で卵形のマグネットカーだ。さっそくばーさんとドライブ」
「九十六の僕――無重力シアターで"ドキュメンタリー月の裏側"を鑑賞。うさぎはパンをこねていた」
「百九歳の僕――医者が僕の健康の秘密を聞きにくるけど、門前払いしてやった」
二十七年の月日がすぎて、僕の「未来日記」年齢は一万歳になった。
最初十三歳だった僕も、もう四十歳になった。
最初の一年は、誰もが「明日のない子」として僕に接していたけれど、
今ではすっかり明日も当然のように病室で寝ている人間だと思われているようだ。
未来日記の僕は三百八十四歳のときに、家族が誰もいない一人ぼっちな僕に気がついて、宇宙に身を投げた。
それから九千六百十六年の間、未来日記には同じ言葉ばかり綴られている。
「四百三十二の僕――早く宇宙の塵になりたい」
「五千七百六十二の僕――早く宇宙の塵になりたい」
「八千百五の僕――早く宇宙の塵になりたい」
end
(c)AchiFujimura 2004/3/14