注文のはずかしい料理店
あまり人が立ち寄らないような山道の奥に、ひっそりと料理店が営業していました。
看板はおしゃれで工夫が凝らされ、古いけど由緒ある調度品が内部を飾ります。
今日もこのお店に、中年の男女が入っていきました。
女性はシックな黒いワンピースに深いワインレッドのストールを羽織い、
男性は黒に細くグレイのラインが入ったスーツを着て、女性をエスコートします。
「いらっしゃいませ、お席へご案内いたします。現在ほぼ満席ですので、入り口近くのお席しか
ご用意できませんが、よろしいですか?」
品のあるウェイターが背筋を伸ばして二人に聞きました。
二人はうなずいて「それで結構です」と答えました。
「おそれいります、どうぞこちらへ」 ウェイターは二人を案内し、席を引いて着席を促しました。
賑やかな店内では、上品なお客様たちが、テーブルを囲んで料理に舌鼓を打っています。
「ご注文をお伺いいたします」
二人がメニューを開くと、水を打ったようにしずかになりました。どこかでゴクリとノドをならす音すら聞こえてきます。
「……」
「どれにしようか。決まったかい」 男性がしずかに聞きました。
「ええ、決まったけど……ああ、どうしましょう」
女性が顔を赤くしてメニューに釘付けになっていると、ウェイターが声をかけます。
「お客様、お決まりになりましたか。ご注文をどうぞ」
「……あなたから、言ってよ」 男性はゴホン、と咳払いをして、
「それでは、『コレ』を」とメニューを指差しました。
「お客様!」 急にウェイターが大きな声を出したので、二人は驚いてしまいました。
「『コレ』では困ります、間違いがあってはいけませんので、メニューをしっかりおっしゃってください」
男性は小さな声で、
「**@%$ の ☆○+?!@ を……」とつぶやきました。
「お客様! 大変聞き取りにくく、間違いがあってはいけませんので、おそれいりますがもう少し
はっきりと大きな声でおっしゃっていただけませんか!」再度ウェイターが叫びます。
「**@%$ の ☆○+?!@ を!!」
「**@%$ の ☆○+?!@ ですね!復唱させていただきます、**@%$ の ☆○+?!@ ですね!」
「そうだ、**@%$ の ☆○+?!@をくれ!私はコレが欲しくてしょうがないんだ、早く頼む」
「まあ、あんな紳士があんな言葉を。恥ずかしいわ。とても聞いていられない」
「とてもくちにだしていえないよなあ、あんな言葉」
周りのお客様がざわめきだします。男性は冷や汗をだらだらと流れるほどかきました。
「お客様、しょうがありません、メニューなんですから。しかし、こちらは当店一恥ずかしいメニューです」
ウェイターは女性のほうに向き直りました。
「お客様はお決まりですか」
「ああ……メニューだから仕方ないわよね、私も注文するわ。
@@+#$$&☆△ をフルコースでお願いするわ!」
女性は男性とはうって変わって、最初から大きな声ではっきりと注文を言いました。
「フルコースですって! &$△☆○**は食事の後ですか、先ですか」
「ああ、とても @@+#$$&☆△ が来るまでまてないから、先にちょうだい」
女性が「とてもまちきれない」というため息混じりにウェイターを見つめて注文すると、
周りのお客様たちは「信じられない、あんな美しい女性があのような命令を」
「しかもまちきれないから先にとまで言う。おそろしい女性だ」
「恥ずかしい なんて恥ずかしいんだ」
ウェイターが注文をとりテーブルから離れると、男性と女性はお互いを見つめあいました。
「恥ずかしかったわ」
「仕方ないよ、メニューに書いてあるんだから」
「そうよねえ、言わなきゃ食べられないんですもの……」
二人の注文も終わり、テーブルはまたもとのように賑やかになりました。
「P○**=%&を追加でくれ」
「まあ、あそこのテーブルの人恥ずかしい」「まったくだ」
この料理店では、開店から閉店まで同じような会話が繰り返されています。
「メニューなんだからしょうがない」「言わなきゃ食事が注文できないんだから仕方ない」
みなそうつぶやきながら、恥ずかしいメニューを注文していきます。
この料理店、料理が特別に美味しいわけでもないのですが、熱心なファンに支えられて、
毎日大変にぎわっているのです。
end
(c)AchiFujimura 2004/4/6