謎の物体XY

 あれはいつだったのかはっきり覚えていませんが、静かな春の夜に、彼がそっと手を開き、
その手のひらに乗っていた白く優しい光を放つ小さな球体を、私はふしぎな気持で受け取ったのです。

 その球体は小さなビー玉ぐらいの大きさで、乳白色、冷たくも暖かくもありません。
受け取った瞬間に、どこからとも無く声が聞こえてきました。
「貴女はそれを受け取ったからには、大事に、肌身離さず持ち歩かなくてはなりません。わかりましたか」
私はフワフワとした、宙に浮いたような気持で、
「わかりました」
と返事をしました。


 それから二ヶ月ぐらいたって、いつも肌身離さず持っていた物体の変化に気がつきました。
だいぶ大きくなっています。彼にその物体を見せると、なぜだか大変喜んでいました。
「これは、一体何なの?」
私が彼に聞きますと、彼は興奮した赤い顔で、
「まだわからないよ」
とだけ答えました。

 受け取った日から五ヶ月ほどたつと、その物体は大変重くなりました。
それでも肌身はなさず、大事に抱えていたのですが、私はその大きさにうんざりしてきました。
一体、これはなんだろう。もともとは彼のものだったのに、私が持ち歩いている。
階段を上り下りするのも一苦労ですし、普段の生活も不便です。

 そして、その頃には、この物体はさらにわけのわからないものになっていました。
白く輝いて、うっとりするような光を出したかと思えば、
ドロドロと何かが流れるような、どんよりした赤黒い色になるときもあります。
時々ビクッと動きます。

 おそろしくなって、私は母親に物体のことを相談しました。すると大変喜んで、
「その物体は元気だね。大事にしなさい」と言うのです。
この物体が元気だとはどういうことか。中には、何が入っているのか?
まだ、誰も教えてくれません。私はその得体の知れない物体を、いつも抱えて歩いているのです。

 私が疲れを訴えると、彼は「それはいけない。物体のためにも、病院へ行きなさい」と言いました。
病院へ行って、物体を傍らに置きながら、これのおかげで大変疲れましたと訴えると、
「物体のために、体力をつけなさい」といわれてしまいました。
私のことはどうでも良いようです、物体を守るための私なのでしょうか。

 ある日、物体のあまりの重さに、ついに持ち歩くことが出来なくなって、私はかんしゃくを起こして
暴れてしまいました。すると彼も母親も、病院の先生も、入院して物体を守りなさいと薦めてくれました。
私は物体を持って入院しました。

「先生、この物体の中身はなんなんですか。そろそろ教えてください。
何かが激しく動いているし、日々変化するし、正直なところ、私は疲れました」
先生が聴診器と、いろいろな機械を持って物体を調べてくださいました。結果は直ぐに出たようで、
先生は満面の笑顔で私に報告します。

「これは、謎の物体XYだよ」

 なんの解決も見ない報告です。私は頭にきてしまって、その物体を思いっきり蹴っ飛ばしました。
「そうだ、がんばれ、もっとちからを入れて!」
「がんばれ、がんばれ!」
いつのまにか、周りには看護婦さんや両親、彼もやってきて、私に声援を送ります。
必死に力を入れて、ガンガンと物体を蹴っ飛ばし続けます。
渾身の力をこめて、物体に最後の一撃を加えました。

おぎゃあ、おぎゃあ、

物体が二つに割れ、中からでてきたイキモノを、看護婦さんが優しく抱き上げました。
「おめでとうございます、元気なXYですよ」


end

(c)AchiFujimura 2004/06/30