フグ毒の憂い
フグたちだけが知っている、海の洞穴をくぐると、そこにはフグだけがやってくる大広場があります。
今日はここにフグたちが集まってくるシンポジウムがあります。
「第七百四十六回フグの未来を考えるシンポジウムをはじめます」
うっすら光が届く海の底はぐるりと岩だけが囲み、フグのほかには海藻と、迷い込んだプランクトンたちだけです。
中央に一段高く浮かぶ議長が、開始を宣言しました。
「今回の議題も、第一回から終わること無く続いている、『フグ毒をどう考えるか』についてからはじめます」
議長が序文を読み上げます。
「われわれフグには、どういうわけか強い毒があります。われわれ自身には害はありませんが、特に利益もありません」
「われわれを食べた動物は死にいたりますが、われわれも死んでしまいます。身は守れません」
「はたしてフグを食べると死ぬということは、どれだけ海の中で有名なのでしょうか。
すぐに相手が死んでしまうので、誰かにフグを食べる危険を伝えるわけでもありません」
「人間は上手に毒を取り去って食べ、もし他人が死んでもお構いなくフグを食べ続けますので、
あのような神経の太い動物には毒の脅しは効きません」
「この毒には何の意味があるのか!」
「偉大な食物連鎖をも断ち切り、運命に抗うように無意識に、相手に最後の一矢を打つ、
もっとも忌むべき爆弾を抱えながら、贖罪しつつ生きるしかないのでしょうか」
岩場はシーンとなりました。フグたちがそよそよとヒレを動かす水の動きだけが、みなに伝わります。
優しいフグたちは、食べられるという誰もが抱えている運命に、
自分達だけが逆らうように相手を殺してしまうことを、
いつも悲しんで、救いを求めているのです。
ちいさなフグが、その若いひれをパタパタさせながらくるりと回りました。
「ぼくはね、大好きな女の子といつも一緒にいたら、怖いお魚はぼくだけを食べて死んでしまうから、
女の子は食べられなくて済むでしょう、だから、ぼくが側にいてあげれば安心だっておもうと、
毒があってよかったなぁっておもうよ」
フグたちは顔をあげて、自分の大事な相手を見つめました。
「この意見に、異論のある方は」
そんな簡単な問題じゃない、と多くのフグがチラッとおもいました。
でもこの救いのわかりやすさに、小さな優しさも感じました。
「異論はありませんね。それでは、二番目の議題に進もうと思います。
泳ぐときに動かすヒレは、右側と左側どちらからが良いか……意見をどうぞ」
議題が進み、きっとこれから、フグの生活は明るくなるはずです。
end
(c)AchiFujimura 2004/07/10