地球外来生物

「地球ではクロキヤブ問題が深刻化しているのか」
プラスチックケースの並ぶ広い部屋で、ひとつのケースに入っている生物がため息をつきました。
「そうなんです、ここのところ被害がひどくて、おちおち外も歩けません。
見つかったらおしまいですからね」
スーツを着たヒトが、やはりプラスチックケースの中でため息を返します。

2032年の定例宇宙環境会議では「クロキヤブ」の問題が取り上げられました。
「それではまず、クロキヤブの生態から確認していこうか?」
この会議をまとめる一人の宇宙人が説明を促すと、報告文書の表示されたアクリルパネルを
手にもった別の宇宙人が、カプセルごと一段高くへ上がりました。

「まず、『クロキヤブ』はホクベイ系第二惑星サルモイデスに生息し、体表はぬめぬめしていて
やわらかく、腹部をぜん動させて這うように進みます。頭部に四本の角があります。
大きさはメートル法で全長十二メートル、体高七メートル。
色はパールオレンジで、雌雄同体のため二匹いればお互いが受精します。
繁殖スピードは早く、ほとんどの生き物を食べ、毒物にも耐性が出来るので、広範囲で生活します」

クロキヤブ

「そして、繁殖期には黒く体色を変化させ、気が荒く獰猛になります。
エサに似た物をちらつかせると反射的に飛びつきますが、力が強いので捉えるのはテクニックが必要です。
そのため、多くのカリュー(宇宙共通語でハンターのこと)に人気があります。
また、気圧の変化・大気の成分変化にも強く……」

「わかりました、全て知っていることです。率直な話、あの怪物を駆除する手立ては見つかったのですか」
地球代表のヒトが、興奮した様子で両腕を激しく上下に振っています。
「落ち着いてください、そのような方法がありましたらすでに他の惑星で実施されているはずですよ」
つまり、まだクロキヤブを駆除する方法はわからないのです。

「地球代表は、詳しい被害状況を報告してください」
進行係が地球代表に促しました。先ほど報告していた宇宙人のカプセルと入れ違いに、
地球人のカプセルが高い場所へのぼります。ひとつ、小さな咳払いをしました。

「『クロキヤブ』が地球に来たのは三年ほど前です。宇宙観光協会が、地球の環境でも
クロキヤブ狩りを楽しみたい宇宙人が多いという話を持ってきまして、
低迷する地球の観光の目玉になればと藁をもすがる思いで、牧場を導入しました。
しかし、クロキヤブを施設と違う、狩りを楽しめそうな場所へ勝手に放つ宇宙人が後をたたず、
ここ一年で地球全体陸にクロキヤブが生息するようになりました」

「クロキヤブはほとんどの動物を食べますので、もちろんヒトも食べられています。
また、クロキヤブのエサとして輸入されているアオエラも、ヒトの子を好んで食べます、
被害は甚大です。また、各地の文化遺産などの破壊もひどく、歴史的な建造物もいくつかつぶされています」
地球代表はまた興奮したようで、腕を上下に激しく振り、カプセル内で立ち上がりました。
「宇宙法での厳しい取締りと、サルモイデス星への損害賠償請求・責任の追及を希望しています!」
興奮さめやらぬ様子で、キチンと座りなおすと、進行係の顔を見やりました。

「被害報告ありがとうございます。各星の代表の方、ご意見・アドバイスなどありましたらどうぞ」

「あー、どうしてクロキヤブがエサをとるのに、ヒトがエサである場合はまずいんだね」
「ヒトは80億もいるというし、絶滅危惧種でもないし……」
「クロキヤブ狩りを楽しむのには、本当に地球はおもしろい地形で楽しいよ。
また、地球育ちのクロキヤブは食いつきがよくってねえ」
代表の一人が、角に引っ掛けるなげなわを引っ張るしぐさをしました。

地球代表は怒りをこらえながら、再度立ち上がります。同時にカプセルがあがっていきました。
「皆さん、考えても見てください。自分の大事な人が食べられた気持ちがわかりますか。
私にも子どもがいます、自分の子が食べられでもしたらと思うと、胸のつぶれる思いです」

「うちの星にもクロキヤブはいるけど、あんなものに食べられた身内はいないねえ」
「地球人は弱いんじゃないか、みんな武器を持って戦わなくちゃいけないよ」
「自分の身も守れず、クロキヤブに食べ尽くされるなら……それまでの弱い生きものだってことでしょう」

地球代表は涙を流し始めました。もう聞き取りづらい声になりながら、最後の気持ちを込めて叫びます、
「それでは、それではせめて、クロキヤブを捕らえたらご自分の星へお持ち帰りください。
少しでも野生のクロキヤブを減らしたいのです。宇宙法で法律を制定してください!」

他の代表のヒソヒソ話が聞こえます。
「なんということだ」
「自分達が助かるためならクロキヤブを殺せと……」
一人の代表が手をあげました。
「クロキヤブは持ち帰るには大きいし、食べることも出来ません。
地球や、他の星の観光資源を減らしても申し訳ないですから……やっぱり元の場所へ戻したほうがいいでしょう」
その場の一部から、大きな拍手と足踏みが沸き起こりました。

ビー、と閉会の合図が鳴り響きます。
「時間がまいりました。それでは、地球のクロキヤブ問題は、三年後の環境会議で続きを行います」
各星の代表達は、長い間座ってこわばった体を伸ばしたり丸めたりしながら、そそくさと帰途へつきました。
地球代表も呆然と帰り支度をはじめました。
三年後にまた会議に出られるのかもわからない。地球のみんなになんて報告したらいいんだ。
こうなれば、サルモイデス星でクロキヤブ狩りを覚えて、自分で駆除するしかないかなぁ。
地球代表は会議が終わったその足で、クロキヤブ狩りのライセンスを取るためにサルモイデス星に出かけました。

end 続きがあるかも

(c)AchiFujimura 2004/09/15