国民総日記制
少年は今日も、最近新しく買ったパソコンゲームで遊んでいました。
新しいシステムに慣れてきて、少しずつゲームが進んできたので、一番ゲームが楽しい頃なのです。
「こら、あんたって子は!日記更新もしないでゲームばっかり。お母さんはもう更新したわよ!」
ゲームに夢中になっていた少年の背中に、母親の声が響きます。
「先生に、三日もさぼってるって注意されたでしょう!」
少年はしぶしぶゲームのウィンドウを閉じて、自分の日記サイトを開きました。
今日の出来事を思い出しながら、少しずつ書き込みをはじめます。
「まったく、お父さんに似ちゃったのね。お父さん!お父さんも野球観終わったんなら、すぐ日記を更新してよ!
日記庁から、再三警告が来ているのよ、更新無き場合はすでに死亡したものと判断しますって!」
お父さんもしぶしぶ、野球中継のウィンドウを閉じて、日記サイトを開きました。
「自分のプライバシーに気をつけながら、毎日日記をつけるなんて尋常な人間じゃできないよ。
こんなこと続けられるのは、相当に自意識過剰で自己顕示欲の強い変人だけだよ」
父親が誰に向かってでもなくパソコンの画面につぶやくと、
「まったくだよなぁ」
と息子もパソコンの画面に向かってつぶやきました。
ここ日本では、日々「日本国民であった」ことをチェックするために、webによる日記の更新を義務付けました。
十歳になるまでは親が責任を持って育児・成長日記をつけ、十歳をすぎた日本国民は、自分の存在を広く
世間に知らしめるために日記を公開する必要があります。
もちろん、プライバシーに関わる問題がありますので、名前以外の個人が特定出来る情報は極力避けなくてはなりません。
日記に居住地の詳細や、容姿についてなどを書き込むことは禁止されています。
いくつかの簡単な決まりごと意外は、ほぼ自由に日記をつけることが出来ます。
1.自己の責任において、プライバシーに留意すること。
2.誹謗中傷する内容が日記に含まれないこと。
3.長期にわたって日記が更新できないときは、役所にて所定の手続きをすること。
3−1.旅館・ホテルなどには、日記更新用の端末を各部屋に設置することを義務付ける。
4.長期にわたって届出もなく日記の更新がされない場合、死亡したものとみなして戸籍は死亡と書き換える。
そんな中、新しい「日記専用サイトのサービス」が登場しました。
ここの売りは「日記更新が、超カンタンに出来る!」です。
「どんな一日だって、日記更新はクリックひとつでカーンタン!
一万以上あるテンプレートから、あなたの『今日』に似ているものを探し出して送信ボタンを押すだけです。
面倒なテキスト入力から解放されて、あなたの自由な時間が有意義なものになります!」
画期的で便利なサービスでしたが、あまり利用者は増えませんでした。
一万もあるテンプレートから自分の『今日』を探し出すより、結局自分で日記を書いたほうが早かったのです。
end
※後日談
上記のように画期的な日記専用サイトの新サービスで失敗したA社でしたが、 再度サービスを作り直し、最初に設定した個人情報に基づいて(職業・性別・嗜好など)、 ランダムに自動でテキストを選び出すシステムに作り変えたところ、沢山の人に利用されるようになりました。
こうして、今日も日記サイトには無難な日記が増え続けているのです。
(c)AchiFujimura 2004/10/1 この物語はフィクションです。(一応、念のため……)