自分探しの旅の果て

 この僕は何者なのだ?
いつの時代も普遍的なテーマを抱いて、僕は高校もうっちゃらかして、家を自転車で飛び出しました。
あの山が僕を隠しているのかもしれない、あの海のそばに僕がいるかもしれない。
自分が何者なのかわからず、漠然とした不安を背負って、僕は自分のことばかり考え続けました。

 ある日、海で自転車を降りて、砂浜の上をぽくぽくと歩いていました。
砂が絡まって、自転車は思うように進んでくれません。砂に足を取られて、ころんでしまうこともありました。
夕暮れの寂しい時間帯でしたし、僕は今日の野宿を、潮のかおりが満ちた岩陰に決めました。

 ところが、そこには先客がいたのです。
薄暗い岩陰で、ぼうっと光りながらしくしくと泣く、半透明な物体。
幽霊か、宇宙人かと驚いた僕は、声も出せずにくちをパクパクさせていました。
そのうち半透明のものが僕のほうへ向いて、ちろちろとしっぽのような足を揺らしながらやってきます。
「私を探して」「私は何処に行ったの?」「私はどうしたらいいの」

 その声は僕よりも幼く感じられる、少女のものでした。
「君は自分がわからなくなったの?」
僕が聞くのもおかしな話ですが、少女に問い掛けると、彼女はぷるると震えながら
「そうなの。私、体をどこかへ置いてきちゃったの。早く帰りたい」
と泣くようなか細い声を出すのです。

「わかった、僕も探してあげるから、泣かないで」
自分でも思いもよらなかった優しい声をかけると、少女は震えるのをやめました。
その日はそこで二人で休んで、次の快晴の日は彼女の体を探す旅をはじめたのです。

 彼女の話はおもしろくて、いつまで聞いていても飽きませんでした。
「いまはよくわかんないだろうけど、私って結構美人なのよ。
誕生日にママが買ってくれたボレロを着て、お花畑でお花を摘んでいたときに倒れたの。
そのまま私の体はどこかへ連れて行かれちゃったのよ……」
彼女の話は少女漫画のように甘くて高飛車で、普段は女の子と話したことのない僕には
全くの別世界でした。

 彼女が言う詳細な場所説明のおかげで、案外容易に彼女が倒れたまま寝込んでいる病院へたどり着きました。
「私が寝ている病院に連れてきてくれたのね。あなたを私の王子様にしてあげる。
私の目を覚ますくちづけは、あなただったら許してあげるかな?」
彼女の声はいっそう華やかに、半透明の体の奥底から響いてきました。

 彼女の病室へ入ったとたん、空気は一変しました。
病院のにおい、人間がそこにいるにおい、彼女の話から想像できた彼女とは程遠い女性の体。
ボレロなんて着ていない、いまは前掛けのようなものを着せられています。
かわいそうなくらいやつれて、確かにもとは普通の女の子だったようなのに、いまは老婆のようです。
枕もとには、空き地に咲いているような雑草の花が飾られていました。

 僕はそんな雰囲気にも気づかず、ただ彼女が見つかったことを喜んで、興奮しながら彼女に伝えました。
「ほら! 君が見つかったよ、早くもとにもどって元気になって!」
彼女はふるると震えて、僕から離れました。「そんなの私じゃない」
「そんなの私じゃないんだもん! 私はもっと可愛くて、ヒメジョオンなんかじゃなくってマーガレットに
囲まれて眠っているはずだもん! そんな汚いの、私じゃない!」

 僕はあまりに可哀想な彼女の存在に気がついて、きっと悲痛な顔つきになっていたのでしょう。
彼女は、この彼女の体を置いて、どこかへ消えてしまったのです。
本当の自分を探しにいったのかもしれない。彼女が望む自分でなければ、確かにここにある自分も
自分自身ではないのでしょうか。

 僕も自分が望む自分じゃないからと、自分から逃げていたような気がします。
自分がわからなくたっていいじゃないか。
彼女の体を捜す間、彼女の周りに見えていた景色はすばらしいものでした。

 彼女の枕もとにあるヒメジョオンは新鮮な物で、整えられていました。彼女の手も髪も、誰かがきれいに
整えてくれているようでした。それは親かもしれませんし、兄弟かもしれません。
彼女はこれに気がつかなかったのかな。

 僕も、誰かがこんな風に待っていてくれるのかもしれないのです。
自分が何者かは、いっそわからなくてもいい。
僕も誰かを認めて、そばにいることが出来たらステキだなあと強く思ったのです。

 彼女の手にそっと触れました。

end

(c)AchiFujimura 2004/11/25