死刑囚の最終回

 その男はもともと、しがない小説家でした。

 ある日魔がさして罪を犯した男は、現行犯で逮捕されました。
「被害者に謝罪したい、私は罪を犯してしまった」
男は罪を認め、被害者の冥福を祈るように泣き崩れましたが、それでも彼には死刑の判決が下されました。
どんなに現実を認め、悔い改め、更生しても、とても許すことの出来ない罪を彼は犯してしまったからなのです。

 この国では死刑判決が下っても、すぐに死刑にはなりません。
男は独房の中で、小説を書き始めました。
凄惨な事件を起こした人間が書いたとはとても思えない美しい小説は、少しずつ世間に広まり、
いつのまにか「死刑囚がかいた小説」と言うことを忘れてしまったかのようなベストセラーになったのです。


 暖かい春の光のような、いえ、冬の描写ですらどこか温かみのある物語で、
お爺さんと孫娘がひょんなことから巻き込まれた日常のファンタジーがつづられています。
読者はお爺さんのような年のとり方にあこがれ、孫娘のような子どもを欲しがりました。

 奇跡的な長期連載となり、独房から生まれた家族の物語は
十年もの間、たくさんの人の心をあたたかくしたのです。

 当然、死刑に疑問の声があがりました。
「せめて最終回を書き終えるまで、彼を生かしておいてくれ」
「そもそも、死刑制度そのものが間違っている」
たくさんの人が毎日議論しました。

 でもある日、死刑が執行されました。
彼の物語は最終回を待たずに終わってしまったのです。

「なぜ殺した」
世間は突然の終わりに悲鳴をあげ、新聞もこぞって一面に「人気小説家、死刑に」とおおきく掲載しました。

「だってさ、」
死刑執行を命じた法務大臣は言いました。
「このすてきな物語の最終回なんか、見たくなかったんだもん」

end

(c)AchiFujimura 2005/1/15