郵便配達

 ポルポルポルポル……
カブのエンジン音が遠くからだんだん近づき、そしてとまり、勝手口にあるポストまで
革靴が駆け上がってくる音を楽しみにしていたことがあります。
僕が楽しみにしていることが誰かに知られると恥ずかしいので、僕は気づかないふりをしてマンガを読み続けました。

 まだ行っちゃダメだ、今行けば楽しみにしているのがばれる。
コトンと手紙が落ちる音も聞こえて、またポルポルと音が遠ざかり、カブの姿も見えなくなった頃、
ようやく重い腰をあげるようにポストをのぞきに行くのです。

 届いていたのがたとえダイレクトメールでも、僕はすごく嬉しい。
「料金後納」の四角や丸かったりするデザインも好きだけど、切手があればなお嬉しい。

 ふしぎだ、誰かの手元にあったこの紙切れが僕のところへ来る。
封筒は開ければ、のりの匂いに混じって閉めたときの空気の香りと温度が感じられるし、
そこに「お元気ですか」なんて書いてあれば、たとえ落ち込んだ日でもとたんに元気がでるんだ。

 僕は郵便配達員になろうとずっと思っていた。
赤いカゴがついたデリバリーカブにのって、ポルポルと歌えば、僕が来るのを誰かがまっている。
「私をあの人の所へ、つれていってね」。
ピンクのかわいい封筒が宛名面を赤らめて僕にお願いする、
「まかせとけ」。
僕はピンクの封筒を黒い革のバッグに入れて、カブを走らせる。

「よう、今日はそのコとデートかい」春の空気にからかわれて、
「そんなんじゃないやい」僕は笑って答えて、風がすぎさるのを髪で感じ、慌ててぼうしを押さえる。
しゃれた切手を貼った、かわいい子だったよ。
僕はピンクの封筒をポストに落とすとき、少し寂しくなるんだ。
一緒に旅したね、お別れだね、もうあえないね。
でも誰かが喜んでくれるかな。そんなステキな切手が貼られた、かわいい手紙だもんね。


 でも僕は郵便配達員になれなかった。
試験に受からなかった。誰よりも郵便配達が好きだけど、いろいろな条件が重なってダメだった。
ひがな手紙を書くだけの、ただの待ち人になってしまった。

 そして僕は、郵便配達をすることにした。僕の手紙を僕が届けに行くんだ。
「あなたはどんな人ですか。私に手紙をください、私もお返事を書きます」
しゃれた切手を貼って、表札の住所を宛名に書いて、ポストにとどけて、僕は仕事を終えた。
毎日の仕事は郵便配達だ。たまには返事もきた。
「きもちわるい手紙を投函するのを止めてください。どうして住所を知っているのですか」
「警察に相談しました」
失礼なこの手紙には、リターンアドレスもないので、僕は返事を出すことも出来ない。
どうして住所を知っているのかと質問されても、返事が出来ないじゃないか。

 ある日届いた手紙はショックだった。
「見知らぬ人からきたおかしな手紙のせいで、毎日がおそろしいのです。
バイクがボフボフいう音が聞こえたら、階段を上がる足音が聞こえたら、ポストにカタンと何かが落とされたら。
またあの気味の悪い手紙がきたのかと、体中が震えてしまうのです。
もしもこの返信先のご住所の方があのような手紙を出していらっしゃるのでしたら、
どうか、私のところへ二度と手紙をよこさないでください」
この手紙にはキチンとリターンアドレスが書いてあって、僕は胸のつぶされる思いだった。

 最後にもう一度、ごめんなさいと手紙を書いて、でも僕はこの手紙を届けることも出来なくて、
革のバッグに入れて、カブにまたがった。
「よう、今日はそのコとデートかい」やっぱり秋の風が僕にからんでくるので、
「そうだよ、ずーっと旅をするんだよ」
僕は笑ってそう答えて、何処までもバイクで走り続けた。
さあだれのポストを目指そうか、しゃれた切手のかわいい子だよ。

バイクの音は誰からも遠ざかって、もう誰の元にも近づくことはなかった。
ポルポルポルポル……

end

(c)AchiFujimura 2005/2/2