桜・松
庭に植えてある松のとなりの柏が枯れたので、新しく桜がやってきました。
「こんにちは」
先輩である松が声をかけると、桜は恥ずかしそうに幹をほんのり染めました。「こんちは」
桜はまだ若い樹のようで、新しい土地に戸惑っている様子でした。
長生きで、この庭にも二十年住んでいる松は、何度目かの新しい隣人に、
たまに声をかけては話をしていました。
「もうすぐ雪もとけるよ、君の花も咲くだろうね」
「ぼく、まだお花をさかせたことが、ないんだあ」
「そうか、若いもんな。今年は咲くといいな」
「うん…… 」
松より若いけど、桜のほうがぐんと背が高いので、桜と話をするときは自然と天をあおぎます。
空って青いんだな。地面の茶色と、結構相性がいいな。
雪解け水で、地面はキラキラ光っています。松はうとうとと、春近い季節を楽しんでいました。
「見て! 松さん、見て! 」
「なんだい、何処をみるんだい」
「このてっぺんさ! つぼみがついたよ、花のつぼみだよ! 今年は花が咲くんだよ! 」
「そんな高いところ、見えないよ」
はじめはひとつだけだったつぼみも、いよいよたくさんついてきて、松も桜も開花を楽しみにしていました。
そして暖かい日差しの中、ポン! と音が聞こえるかのように、元気に花びらが開いたのです。
それからは、毎日花が増えていきました。
初めて間近でみる桜の華やかさに、松も大変喜びました。
初めて花を咲かすことが出来た桜も、とても喜びました。
桜が満開のある雨の日、初めて一輪の花が落ちました。
それはガクごとくるくる廻って、松の葉の上に着地しました。
「みてごらん、私にも桜が咲いたようだよ」
「ほんとうだ、松さんにも桜が咲いたよ」
雨は強くなってきて、また一輪の花が落ちました。
近くの池に浮かんで、くるくる廻りながらどこかへそっと流れていきます。
「池も喜んで、お花をどこかに持っていっちゃった」
「うれしかったんだろう」
きっと大事な物をしまっておくよどみに、あの桜をしまいこんだんだろう。
「ねえ、ぼく、桜にうまれてよかったなあ。みんながこんなに喜んでくれるんだ」
強い風がふけば、たくさんの花が飛ばされていきます。
でも、「終わりだ」とは誰も言いませんでした。
次の冬を越せずに、桜の木は元気をうしない、またどこかへ連れ去られていきました。
松のとなりはぽっかりと穴があいてしまったのですが、
あの桜の春の日は忘れることが出来ません。
いつまでも、松に咲いたあの一輪は、咲き続けているのですから。
end
(c)AchiFujimura StudioBerry 2005/4/21