チョコレート王妃

チョコレートの壁を先に読むと良いでしょう。


 あるところに、チョコレートで出来た王妃がいました。
王子に愛されたいあまり、自らをチョコレートにしてしまった女性は、
今は王子に愛されて仲むつまじく暮らしていました。
王子が王様になると、女性も王妃となりました。

 王様は自分のためにチョコレートになってしまった王妃を哀れんで、
王妃の好きなことを好きなようにやらせていたのでした。
高価なデコレーションを体中にほどこし、有名彫刻家による痩身エステや高級生クリームなど、
王妃は贅沢の限りをつくしていました。

 国民は、王妃の贅沢もすべて許し、
「王子様への愛のためにチョコレートにまでなるなんて」と、その一途な気持ちに感動していました。
そして周りの反対を押し切ってまで王妃と結婚した王様のお話は、国中の感動を誘いました。
次期王様には、すでに王様の弟・王様の甥が推薦されていましたので、世継ぎ問題も解決していました。


 しかし、平和な時間は長く続きませんでした。
ある年、大きな災害と不安定な気候のため、大変な飢饉に陥ってしまったのです。
作物は枯れ、家畜も死にはじめ、人々は飢えました。
そんなとき、国民はみんな、チョコレート王妃を思い出しました。

「王妃様はチョコレートであらせられるから」
「さすが王妃様、こうなることまで予感されてチョコレートになったに違いない」
「すでに、王様は王妃より少しのチョコレートを分け与えられていると聞く」

 体と命をもかけた美談は、あっというまに国中を駆け回り、王様の耳にも入りました。
「王妃、聞いたぞ。なんでも街へしのんで出掛け、飢えた母子に体を分け与えたそうだな」
「まあ、王様……わたくし、そのようなことは」
「隠さずとも良い、すでに聞いているのだから。すべての国民に王妃の優しさは伝わっているのだなあ」
王様は感動して涙を流しました。

「大臣の娘も病気で栄養が足りないのだ。また、医者も飢えて治療が出来ないと聞く。今こそそなたの慈悲が必要な世の中なのだ」
王様に手を引かれ、王妃はあちこちへ連れて行かれては、その見事なデコレーションや指先を少しずつ舐め取られて行きました。
王妃は舐められ融けていくのがいやになり、王様のすきをみて宮殿を飛び出しました。
「王妃、どこへ行くのだ」王様は慌てて追いかけました。

 宮殿の外には、ひとかけらでももらえないかと王妃のもとへ駆けつけた国民がたくさんいました。
王妃が姿をあらわすと、国民はみな感激の言葉を叫びます。
「王妃がお姿を! 」
「なんてすばらしい! 」
「初めてお姿を拝見した」

 宮殿前の大階段の上にたった王妃は、眼下の光景に目をまわし、ふらつきながら階段を転げ落ちました。
「王妃が我々に身をささげてくださったぞ!」
誰かが叫ぶと、一斉に王妃の転げ落ちていく先に民衆が集まりました。
階段で王妃の体が跳ねるたび、王妃の体はもろくも欠けて飛び散り、そのたびにワッと歓声がわきおこりました。
伸ばされた無数の手、削るナイフ、そして分け与える音があちこちで響き、
王妃は消えてなくなりました。
国民たちは誰も奪い合いをせず、その場にいた全員が少しのチョコレートをクチに含みました。

 大階段の上でその様子を見ていた王様は、一筋の涙を流しました。
「なんということだ。王妃はまず国民への愛をと、我々に身をもって教えたのか」
ふと手を見れば、先ほど王妃の手を引いたときに解けたチョコレートがついていました。
王様はそれを舐め、大粒の涙をこぼしたのでした。


 その後、異常気象は終わり、徐々に飢饉もおさまり、人々の暮らしはもとに戻りました。
 あのすばらしかった王妃のことを忘れないようにと、王妃の名前がついたチョコレートを、年に一度食べる習慣が出来ました。

 いまでもその国では、チョコレートを渡して愛を告白する日が存在します。
女性たちは、自らの体をチョコレートにはできないけど、心をチョコレートにするのだという気持ちをこめて、
ハート型のチョコレートを好きな人に送ります。
初めてその方法を思いついた女性は、王様にハート型のチョコレートをおくり、
感動した王様はその女性をお妃に迎え、末永く、仲良く暮らしました。

end

(c)AchiFujimura StudioBerry 2005/11/7