悲しい風

そのチョウは、明日自分が死ぬのがわかっていました。
なんせ、今は11月です。なんでこんなに遅くまで生き残っていたのでしょう、
仲間のあいだでは一番遅くまで死なずに残っていたのでした。

明日は、きっと今日より寒くなるんだ。
明日になったら僕は死んでしまうんだろう。
そう思ったチョウは、飛べるだけ飛ぶことを決心しました。
今日のうちに、飛べるだけ飛んでおこう。

チョウは飛び出しました。
遠くへ向かって、ドンドン飛んで行きます。
しかし、夕方になって日が落ちると、あたりが寒くなってきました。
チョウは寒いと飛べません。
そのチョウもやっぱり、震えながら落ちてしまったのです。

ふわ、と地面がチョウを支えたような気がしました。
こころなしか暖かいような気すらします。
チョウがおおきな目をこらして、一生懸命辺りを見ると、
そこはなんと、中くらいのクマのぬいぐるみの上だったのです。

「君は、だれだい?」
「僕はちょうちょだよ。」
クマが喋ったので少し驚きましたが、チョウは返事をしました。
よく見るとそのクマは、目がありません。首から少ししろい綿も出ています。

チョウは、街角に座らされているボロのクマに舞い下りたのです。

「へえ、ちょうちょか。ぼく、ご主人の家で、図鑑で見たよ。とっても奇麗なんだ。
きみも、きっと奇麗なんだろうなぁ。」
「・・・・・・・・・・・」

クマはそう言いましたが、実はチョウは、奇麗なちょうちょでは無かったのです。
茶色くて、クマと同じ色をしていました。
所々に黒い筋がはしっているのがせめてもの、チョウのおしゃれでした。
チョウはなにも言えませんでした。


「なんで、こんな寒いのに、こんな所に来たんだい?」
クマが、チョウに聞きました。
「僕は、あした死ぬんだ。」
「えっ、どうしてだい。どうしてそんな事がわかるんだい。」
「こんなに寒くなったら、僕はいきていられないんだ。」

「そうか。最近、寒くなったもんね。僕もここにもう2ヶ月と17日いるけど、
近頃はグンと寒くなった気がするよ」

クマは、間を少し置いて、チョウに恐る恐る聞きました。
「死ぬのが分かっていて、怖くないの?」
チョウは、こわくないよ、とうなずいて、
「君は、いつ死ねるかわからなくて、こわくないの?」と聞き返しました。

「本当だ。僕はいつ死ねるんだろう。
だって、首から綿が出た時も、足がちぎれそうになった時も、目が取れちゃった時も、
僕は怖くなかった。痛くなかった。
……ただ、つらかった。」

「僕はいたみを感じないけど、ぼろくなるたびに、ご主人様が離れていくって感じていたんだ。
あの日、ここに座らしてもらってから、ずっとお迎えをまっているんだ。」

クマは静かに話しました。
チョウは聞いていました。

「僕は早く、みんなのところに行きたかったんだ。
でも、死ぬんならたくさん飛ぼう、って思ったよ。だって、死んだ友達が……
空を飛んでいるのを見たことがないんだ。きっとしんだら飛べないんだよ。」

「しぬってなんだろう?」
「しぬって、なんだろう。」

「わからないや。」
「わからなくても、いいや。」

二人はいろいろ話しました。
いままでまるっきり違う世界にいた二人だから、どの話も新鮮です。
暖炉の前のいすで揺れていたこと。
花畑をみつけたときのこと。
あたたかいベッドのこと。
青空にむかって競争したこと。
遠い世界の物語を聞くようで、二人にとってやすらかな時間でした。

すっかり夜も深まってきたときに、悲しい風がふきました。
「チョウ君。」
「チョウ君。」
「・・・・・・・・・・」
「……そうか、チョウ君。」
クマの手がすこし震えました。

強い風がクマに吹き付けました。
クマはあおむけに倒れ、首が少し曲がってしまいました。
「少し、ねむろう。…起きたら、お迎えがくるかもしれないから」
「チョウ君も一緒に、つれていってくれるようにたのんでみよう。
きっと大丈夫だよ。ご主人様、とてもやさしいから。」

クマはしずかになりました。
飾りのように、胸には大きく羽を広げたチョウが一匹しがみついていました。



end
(c)AchiFujimura



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