猛省の人



 その日は虫の居所が悪かった。
僕のミスともいえないような簡単なことで、客からクレームがついたからだ。
理不尽だと思いながらも、僕は丁寧に謝ったのだが、客は「誠意をみせろ」の一点張り。
なんだ、金がほしいのか……と思ってお詫びを提示したら怒りが増した。
「金で解決しようというのか、金が欲しいわけではない」だと。
どうしろっていうんだ。泣きたくなるぐらいだよ。

 その事件のせいで、あまりにも腹の虫がおさまらないので、僕は仕事帰りに早速酒を飲みにいった。
一件目でもかなり飲んだが、満足できずに次の店へ行った。
 二件目はこじゃれた洋風居酒屋で、いい雰囲気の中酒を飲むことができそうだった。
しかし、頼んだ食べ物がなかなかこない。「あの、頼んだ皿まだこないんですけど」僕がウェイターに言うと、
「申し訳ございません。直ぐにお持ちいたします」と丁寧に謝ってくれた。

 それからもう、だいぶ経ったのだが、食事がこない。「直ぐにお持ちします」って言ってたじゃないか。
イライラしてきた。こういうことこそ怒られて当たり前、これに比べたら僕のミスなんか
かわいいもんじゃないか。仕事のことを思い出したらカーッとなってきてしまったので、
忘れるように酒を飲み続けた。

 ようやく持ってきた皿は僕の頼んでいないメニューだったので、堪忍袋の尾が切れた僕は、
酔いも手伝って大きな声をあげた。
「さんざん待たせて、なんだこれは! 僕の頼んだメニューじゃないだろう!」
ウェイターもそういわれて気がついたらしく、「しまった!」という顔をして青ざめた。

「申し訳ございません!」ウェイターは深く頭を下げて謝ったが、僕はもう許せなかった。
「謝ったってしょうがないんだよ! どれだけ待ったとおもってるんだ、時間を返せ。誠意をみせろ」
あとで冷静に考えてみれば、ここまで怒るほどのことではないと思うのだが、
そのときの僕にはウェイターが僕に見えてきて、はらわたが煮えくり返る思いになっていたのだ。

 奥から初老の男性が駆け寄ってきて、ウェイターに並んで頭を下げた。
「誠に失礼を致しました。 お代は結構ですので……」
「あんたが店長か。金で解決しようというのか、金が欲しいんじゃないんだよ!」
どこかで聞いたせりふを言ってみた。店長もウェイターも動かない。ウェイターだけが小刻みに震えている、
周りの客もシーンとして様子を見守っている。

 周りの客の存在を思い出して、僕は恥ずかしくなった。
ちっぽけなミスを、どうしてこんなに怒ってるんだ?
代金はいらないとまで言った、頭を深く下げた。もうこれ以上してもらうことは無いじゃないか。
誰がどう見ても僕がおかしな人間だ……どうしよう、引っ込みがつかなくなってしまった。

 店長がすっと顔を上げた。マジメな顔だ。反省している表情というのは、こういう顔かもしれないと思った。
「お客様 お名前をお聞きしてもよろしいですか」
「あ、ああ……サイトウだが」
「ありがとうございます、サイトウ様。今回のミスは本当に、当店としてあってはならないミスでした。
今後繰り返さないため、また、サイトウ様へのお詫びの気持ちを深く持ち続けるために、」

「毎朝と毎晩、サイトウ様のお名前と謝罪の言葉をサイトウ様のお住まいへ向けて九十九回ずつ、
スタッフ全員で唱えさせていただきます。
また、私は店長として責任がございますので、毎晩寝る前にサイトウ様のお名前と謝罪の言葉を、
ノートに九十九回記入いたします。
年に一回は、サイトウ様あてにミスを繰り返さないための取り組みとご報告を送付いたします。
お写真など撮らせていただけましたら、厨房に飾って毎日「本日のオススメ」をお供えいたします。
また、サイトウ様には当店のスーパーアドバイザーとして就任していただき、売上の一部を謝礼としてお支払いいたします。
さらに……」

「いい、いい! もう何もしないでくれ。今後気をつけるならそれでいいんだ」
店長の肩をゆさぶって、猛省を止めたのだが、
「サイトウ様のお怒りは、わたくし死ぬまで忘れません。ああ、サイトウ様 サイトウ様」
店長は僕にすがって泣き出した。
僕は怖くなって店を飛び出した。

 すっかり酔いも覚めて、なんともいえない後味の悪さだけが残った。
そうだ、僕も、明日会社に行ったら客に送ってみよう、
「『あなたに謝罪する歌』を作りました」って……

end

(c)AchiFujimura StudioBerry 2006/1/15