家獣
「まあ、まあ、お宅の家獣もすっかり大きくなったこと」
ある春の日、庭の前で隣の奥様が上品に笑いました。
「大きくなったでしょう、これの成長が数少ない楽しみのひとつです」
パパさんがボクを見て誇らしげに笑いました。
「うちの家獣は、ある程度の大きさになりましたもので、こないだ安楽死させましたのよ。
このぐらいの大きさならいいかしらって家族と相談いたしまして」
「いやあ、そちらだって十分大きいですよ。私のところは家獣がなかなか育たなかったので、
犬小屋ばかりイタズラに増えてしまいましてね。これがここまで育ちましたのは奇跡に近いですよ」
そうか、お隣のメリーちゃんは安楽死だったんだね。
ボクと同じ「家獣」のメリーちゃんは、ボクよりひとまわりちいさかったんだけど、
こないだ突然しんじゃった。仲良しだったから、ボクもこっそり泣きました。
メリーちゃんが死んだのは2週間近く前だから、もうすっかり中身は持ち出されて、キレイに整えられて、
りっぱな「家」になっちゃったんだよ。
人間は昔、樹や石で家を建てていたのだけれど、最近はもっぱらボクたち「家獣」を大きく育てて、
その死骸の中に住んでいるんだよ。ボクたちの死骸はとっても暖かくて丈夫で加工しやすいから、
人間達がすみかにするのにちょうど良かったんだね。
大きな庭があれば、ボクたちを大きく育てることが出来るから、大きな家に住むことが出来るよ。
でも大きくなるのには時間がかかるよね。その間は粗末な家に住んで、家獣が死ぬのを待つんだ。
半端な大きさで死んでしまえば、小さな家に住むことになるから、難しそうだよね。
ボクを育ててくれたパパさんの家では、家獣がなかなか育たなかったみたい。
まだ子どもの家獣の死骸が、ボクがいま住んでいる庭に三頭分転がっているよ。
小さくても、見た目はボクやメリーちゃんとあまり変わらないから、
その死骸から犬が出たり入ったりするのを見るたびに怖くって泣いたときもあったっけ。
ボクより遅く、お隣に来たメリーちゃんも犬小屋を怖がっていたから、
妹みたいにかわいいメリーちゃんを守ろうと、その日からボクは泣かなくなったんだ。
ボクもこの家にやってきて八年経ちました。
まだ小さかったボクと同じぐらいの大きさだった、パパさんの息子・建ちゃんも、もう十二歳。
小さい頃は家の中でじゃれあって遊んだっけ。
今日は建ちゃんが、庭に遊びに来てくれました。
ボクはもう大きくなってしまったから、むかしのように家の中でみんなと一緒にいられません。
一人ぼっちで庭に座っているんです。死んだらこのまま、家になるんです。
「ルムルム〜! げんきだった?」
あ、ルムルムってのはボクの名前です。
「ルムルム! 寂しかったよ、また少し大きくなったね」
ボクは建ちゃんにあえて嬉しくて、飛びつきたいけどボクは体が大きすぎるので、
まばたきをしたり鼻を動かして喜びました。
建ちゃんはボクのわき腹あたりに顔をうずめました。長い毛に埋もれて、建ちゃんの姿が隠れてしまいます。
「元気ないのかな、しんじゃやだよ」
本当に心配そうな建ちゃんの声に、ボクは泣いてしまいそうになりました。
隣にいるメリーちゃんの死骸をみつめて、涙をこらえました。
「メリーちゃんは家になったんだね。まだ小さいよね、あれじゃ僕の部屋が出来ないよね」
建ちゃんがメリーちゃんの死骸を見て言いました。
「お姉ちゃんと同じ部屋はイヤなんだけど、ルムルムがもう少し大きくならなかったら一緒の部屋だろうな」
建ちゃんはボクの鼻をなでながら言いました。
「この辺を僕の部屋にするんだ」
建ちゃんがボクの毛を抱きしめるようにぶら下がって言いました。
「ここに穴をあけて窓を作って、夜は部屋の中から望遠鏡で星を見るんだ。
メリーちゃんの背が低かったから、星もかわらず見えるよ。
ルムルムをそろそろ安楽死させる話もあったけど、僕はだんぜん反対だから安心してね!」
建ちゃんは手を振って、元気にいまの部屋へ戻っていきました。
ボクは家獣です。家になる覚悟は生まれたときから出来ているはずですが、でも、神様。
end
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