助けられてごめんなさい
私が悪の地底人にさらわれた人間第一号で、
地球上のすべての人が大変な労力と時間を使って、
私を助けてくれたのは、もうずいぶん昔のことです。
「ごらんください! 地底人と地底国は確かに存在したのです。
そしてひとりの少女を人質に、地上の明渡しを要求しているのです!」
その少女が私。十六歳だった私の泣き叫ぶ顔が画面いっぱいに映し出され、
アナウンサーも興奮で涙声です。
この映像も特集番組も、何度も観かえしました。
私が地底にとらわれていたのは一年間のことで、
帰ってきて大学に入学した時はたくさんの取材カメラが大学を取り囲んだっけ。
そうだ、世界中の大学も研究室も、地底へ行けるマシンを開発してくれた。
そこに訓練された宇宙飛行士の中でも、地底へ行くためにさらに訓練をつんだ
ヒーローみたいな男の人が、使命感を胸にマシンで地底へ乗り込んでくれたのよね。
乗組員は全部で四十六人。地底国へは毎日掘り進んでも三ヶ月かかったの。
私を助け出すための署名も、世界で二十億人分も集まったんですって。
助け出すためのお金も、寄付で(日本円にして)三兆円集まったんですって。
そのとき私は地底で、 誰か助けて誰か助けて ただそうつぶやいて膝を抱えていたんです。
私を助け出すために何人もの優秀な乗組員が、地底人との戦いで命を落としました。
私はそんなことも知らず、ただ「助けて助けて」と震えていたんです。
私が一般企業に就職できたときも、週刊誌の取材が何誌からもありました。
「豊富を語ってください」
「一所懸命頑張ります」 それしかいえなかった。
先進国の首脳が毎日会議を開いて、ものすごく難しい話をして、
地球より重い私の命を考えながら、地底人の要求に妥協案を練ってくれたそうです。
そして私は解放されて、地底人とも和解して、今では地上と地底の交流を続けています。
誘拐事件のドキュメンタリー映画も、事件を題材にしたハリウッド映画も作られました。
「十七歳の少女がいま帰還しました。 彼女の限りない未来は、みんなの努力で守られたのです」
レポーターがそのように叫ぶシーンで終わります。
私の未来は平凡でした。それから普通に生きるだけでした。
たくさんの人が知恵と命を振り絞って助けてくれた命に、私は値するのでしょうか?
私はだれひとりとして助けられずに人生を過ごしてしまいました。
なぜみんなは私ひとりを助けてくれたの? 私になにを期待したの?
私はその期待に答えられたの?
私なんか助けてくれなくても良かったのに。 私も助けてなんて望まなければ良かったのに。
助けられて ごめんなさい。
end
(c)AchiFujimura StudioBerry 2006/7/30