意外に短い一生について
夏のある日に散歩中、木陰でひとやすみしている男が居ました。
男はやりたいことが見つからず、「やりたいことが見つからない」ことに罪を感じ、
毎日何もできずに散歩ばかりする毎日なのです。
せめて樹だったら良かったのに。
そしたら僕はこういうだけで生きていられる、
「僕はココから動けませんから……」
男は樹の幹に、一匹のセミがとまっているのを見つけました。
セミは鳴きもせずじっと幹にとまって居ましたので、その存在になかなか気付きませんでした。
「おいアブラゼミ、お前昼間ぐらいは鳴かなきゃだめだぜ。寿命が短いんだからな」
「え？ 私の寿命が短いですって。どういうことですか」
セミは飄々と答えました。
「いままで何回、夜と昼があったんだ」
「そうですね……五回です。この昼が六回目です」
「それじゃもう半分かそれ以上だな。せいぜい鳴くんだな」
「疲れたんで休んでいるんですよ」
セミも男も少しの間、黙っていました。
どこか遠くでは、懸命に鳴くセミの声が聞こえます。
「六年も土の中にいて、外に出るのはたったの二週間か。かわいそうな生きものだな、お前は」
「なんのことです？六年土の中にいたって、私がですか？」
セミは六年間土の中でじっとしていたことを覚えていないというのです。
「六年間も土の中に居るんですか。それでは、二週間とやらはくらべれば短いのですね。
十五回も夜と昼を繰り返すのは長いと思っていましたが」
「そうだ、短いんだ。だからもっと頑張って鳴かなくちゃだめだ」
「あなたも鳴かないじゃないですか」
セミは男に反論しました。
「僕の寿命は長いからさ。六年なんてもんじゃない、七十年は生きるんだぜ」
「私は六年を確かに覚えていませんでしたが、あなたも知らないんですね。
ニンゲンは生まれる前に三千年も暗闇でじっとしていると聞いたことがあります。
なのに、比べればたった七十年の間に、あなたは樹にもたれて休むんですね」
セミが少し鳴きはじめました。
「ありがとう、私は暗闇できっと、明るいところへ行ったら鳴こうと思っていたことでしょう。
これからは存分に鳴き、一生を過ごします。あなたもどうか懸命に」
セミはもう、喋っている時間も無駄だといわんばかりに、一心不乱に鳴き続けました。
男も樹を離れて歩き出しました。
夏の日差しが顔と道を焦がしました。
「そうだな、意外に短い一生について、もう少し考えてみたらいいかもしれない」
end
(c)AchiFujimura StudioBerry 2006/8/15
