こはく

 ハンドルネーム:イチゴとハンドルネーム:モケ夫がであったのは人気のないチャットだった。
メンバーの馴れ合いについていけなくなっては、新しいチャットを探して回っていた二人が、
ぐうぜん同じ時刻に、現在はほとんど使われていないチャットルームにログインしたのだ。

 イチゴは十三歳で、もうすぐ十四歳でオバンになると嘆く女子中学生だった。
モケ夫は三十二歳独身、趣味はインドアなものばかりの事務系会社員と語った。
誰もこないチャットルームで、引きこもりがちの中学生と会社でも接続できる会社員は
一日中たわいも無い会話を続けた。

 二人が実際に会おうという話も自然なながれで決まった。
待ち合わせ場所に来た少女は短くふんわりしたスカートと、黒のニーソックスを履いた人形のような子で、
モケ夫は素直に「かわいい子だな」と感じた。
イチゴは挑発的に、「どう、私かわいいかな?」と長いまつげをバチバチさせて聞いた。
「かわいいね、想像以上だよ」
「モケ夫は普通のおっさんだね」
「おれは普通のおっさんだよ」

 二人は何気なく入った喫茶店で、普段のチャットと変わらない話を続けた。
イチゴはこの年頃の少女にありがちな退廃的考え方の娘で、今すぐ世界が壊れれば、
学校にも行かなくてすむし、きれいな服を盗んできて、毎日違う服を着てやるんだと楽しそうに笑った。
モケ夫は普段から、イチゴが三行喋るとようやく一言喋るぐらいのペースだったので、
直接会っても同じように返事をしていた。

「琥珀って知ってる?琥珀」
「知ってるよ」イチゴの突然の問いに、モケ夫が相槌を打った。
「虫が樹液につつまれてね、きれいなまま残っちゃうんだ。
私も十三歳のうちに琥珀につつまれて、きれいなまま死んじゃいたいな」
「ロマンチックだね」
「ロマンチックでしょ」

 そのうちイチゴが、モケ夫の家のコレクションを見たいと言い出して、
中学生と三十二歳のちぐはぐな二人は喫茶店を出て歩いた。
「琥珀だとたくさんないと、人はつつめないね」
モケ夫がつぶやいた。
「あ、そっか、虫と違ってたくさん必要だね」
「うん。でも心配することないよ、心配ないよ」
「なにが?」
「イチゴちゃんはその格好で琥珀の中に入るの?」
「うーん、欲しい服があるから、アレを着て入りたいな!どうせだからすごくキレイになりたい」

 イチゴが欲しがる服のブランドをモケ夫がしつこく聞くので、イチゴがお店の場所を伝えると、
モケ夫はそこからイチゴの一番欲しい服を一緒に選んで買った。
「ほ、本当にもらっていいの?」
「ほかに欲しいものある? イチゴちゃんが一番、きれいになれるもの」

かわいいフリルの帽子と、傘と、靴と、バッグを買ってもらったイチゴは、あまりの嬉しさにひっくり返りそうになった。
「すっごい、すごいねモケ夫、オカネモチだね! 私モケ夫のオヘヤ行ったら……
 なんでも言う事、聞くよ?」
長いまつげをバサバサさせて、イチゴが恥ずかしそうにうつむいた。

 モケ夫の部屋で、買った服に着替えたイチゴの頭をモケ夫が優しく撫でた。
「大丈夫だよ、うちにはレジンがたっぷりあるから。趣味でキット作ったりしてるから」
「キット? レジン?」
「琥珀だとね、たくさん集めるの大変だけど、大丈夫、レジンだから」

 昔使ってた水槽もとっておいてよかった、とつぶやきながらモケ夫が部屋へ巨大な水槽を運び込んできた。
「私のことを、琥珀に閉じ込めちゃうの?」
「そうだよ、キレイなままだよ。ロマンチックだね。レジンだからロマン半減かもね」
「でも、今日はやだよ、私 化粧もほら……」
「充分キレイだよ、大丈夫」
「傘もやっぱりこっちじゃなくて、さっき迷ってたのに変えたいな」
「じゃあ、おれが買って あとで横に埋めてあげるから大丈夫だよ」

 薬はもう飲まされていて、眠くなったイチゴはぐったりと動かなくなった。
段階的に透明な樹脂が流し込まれていき、水槽の中に少女が浮かんだ形で閉じ込められたのだった。

 まつげが少し折れているので、それをきれいに整えて、まじまじと少女を眺めた。
「きれいだな、十三歳。十四になる前で本当に良かった」
モケ夫がデジタルカメラで少女を撮影した。モニタに映るその姿をみて、
「なんだ、写真にも閉じ込められたじゃないか。これで充分じゃないか」
と気がついて、少女をもう一度みつめた。
「大丈夫、大丈夫。 おかしいな、おかしいな?」
モケ夫は何度も繰り返してつぶやいた。


end

(c)AchiFujimura StudioBerry 2007/04/13


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