たんぽぽ,綿毛を旅立たせる

 春になると黄色い花を咲かせるタンポポは、花が終われば綿帽子をかぶります。
その綿帽子はみな、タンポポの種だというのです。

 タンポポの子ども達は、時と風がくれば、新しい土地へと飛んで旅をするのです。
「どんだけ飛べるかたのしみだね」 「いいところへ降りられたらいいな」
子ども達は楽しそうに、旅立ちの日を待ちました。

 ある日、強い風に母親のからだが大きくしなると、いっせいに子ども達が飛び出しました。
「ばいばい」 「お母さんありがとう」
風も過ぎ去り、茎が元に戻ると、母親は精一杯背伸びをして、遠くに飛んでいく子ども達の姿を見送りました。

 しかし一本、飛ばなかった綿毛が残っていました。
「次の風はきっと、もっと強いわ。 だからあなたも遠くへ飛べる、心配しないで飛んで」
母親は一本残った子どもを励ましました。
「いやだ、お母さんといるよ」
「飛びなさい」
「いやだよ」

 月日がたって、母親タンポポはその役目を終えてしおれていきました。
遠くへ飛び立てるように、風をうけやすい高さに背伸びする事ももう出来なくなったのです。
ひとつ残った綿毛は、ショックでした。
このままお母さんの隣で花を咲かせて、お母さんと並んで太陽を浴びようと楽しみにしていたのに、
お母さんはしおれてしまったのです。

 雨が降って、やわらかい地面を雨粒が穿って、種は地中へ沈みました。
少し眠って、目がさめたときには、すっかりつぼみをつけてりっぱなタンポポになっていたのです。
「おはよう! あなたはどんな旅をしてきたの」
隣のタンポポが輝きながら尋ねました。
「旅なんてしてないよ、わたしはここで生まれてここで育ったの」
「なんだ、そうなの。 ねえ、あなたはどんな旅をしてきたの」
隣のタンポポはつまらなそうにそっぽを向くと、他のタンポポに話し掛けました。

 わたしは旅をしなかったから、この土地しかわからない。
 ここがいいところなのかも、他を知らないからわからない。
 根付いたらもうどこにも、動けないなんて、花は飛んでいけないなんて、知らなかった。

 タンポポは、いつまでもかわらない太陽の光を浴びました。
周りのタンポポの冒険談は、太陽とおなじぐらいまぶしく感じるのです。
自分には子どもに語れる思い出すら、ないのですから。

 そして綿毛になりました。子ども達が旅立つときが近づいています。
「子ども達よ、飛びなさい。いろんな場所を知って、大きく花を咲かせる場所を探しなさい」
母親になったタンポポは、だれよりも高く茎を伸ばして、風を待ちました。


end

今作はドラえもん18巻「タンポポ空を行く」からヒントを得ています。

(c)AchiFujimura StudioBerry 2007/06/04


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