一番大事な人

 僕は大変な罪を犯したのだけれど、まだ少年だったし、僕の罪はほとんど神様しか知らないところで
起きたものだったので、誰にも咎められなかった。

 神様だけは人知を超えた存在なので、僕の罪を知って咎め、罰を与えるといってぬかした。
「どんな罰だって僕は怖くないよ、だってまだ十四年しか生きていないのだもの」
僕を含めて少年というものは怖いものをあまり知らないし、失うものもあまり持っていない。

「お前の一番大事な人の命がきえるよ。これは、お前の罪のせいで、罪への罰なんだよ」
神様は僕に言い聞かせるように優しい言葉で短く言って、消えていった。
さすがにちょっと嫌な気分になった。自分の命より重いのはいつだって他人の命だ。
僕は、少し罪を悔いた。
両親か、先生か、兄弟か、初恋の人か、好きな音楽家か。
誰の命が消されても僕は罪を後悔しそうだったので、怯えてふとんをかぶった。


 僕が思いついた人々は誰も死ななかった。神様がハッタリを言うのかと少し考えていたころ、
同じ学校のまったく知らない少女の死をきいて驚いた。
自殺でも病気でもないけど、ある朝起きずに死んでいたというのだ。

 その子の母親が僕に連絡をしてきた。彼女の遺品から僕の名前が何度もでてくる
日記が見つかったというのだ。確かに日記には、僕への恋心のようなものが書いてあって、
僕は顔を赤くしてその日記を受け取った。
しかし彼女の死を受け止めたところで、僕は罪の意識も感じず、彼女は神様の勘違いでとんだとばっちりを
食ったなあ、とだけ遠い気持ちで考えた。


 彼女の日記にはいろいろ書いてある。彼女のことを知らなかった僕にすらわかるほど彼女はいい子で、
生きていたら……そうだなあ、告白されたら僕もOKしたかもな。と少し思った。

 彼女は日記の中でこの世の総ての罪を許しているし、これからの罪も許しているし、ただ遠くから
僕を見ていたとは思えないほど僕を理解していた。身の回りのもの何もかもを大事にして
生きることに幸福だけを感じていた子、日記には幸福しかない。日記が僕に与えるのも幸福しかない。

 何度も日記を読み返した僕は、ついに激しく後悔した。
いままで僕には大事な人ではなかったけど、たぶん神様には分かっていて……これから出会う大事な人を
奪っていったのだろう。生きている間には会えなかったこの少女が、僕の一生で一番大事な人だったんだ。
そのことに気づいてからの僕は動揺して、何もかも理解できなくなった。
大事な人を出会う前に失って、失ってから大事な人に気づくなんて!


 それから僕には長大な未来が訪れ、罰を受けた罪は消え、他の人間となんら変わりのない
平穏な暮らしを送っていた。恋もしたし子どももいるし、家族もみんな元気で友だちもいる。

 ただ僕の一番大事な人はもういないので、
僕がどんなにしあわせを感じていても、彼女が生きていたらもっとしあわせだったのかと、
訪れなかった未来と昔に犯した罪について考えてしまうのだ。

end

(c)AchiFujimura2007/08/22



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