恩返し
冬になって間もない頃でしたが、その日の急な寒さに凍えた私は、枯れた草の上へ倒れこみました。
おなかもすいています。もう死んでしまうのかもしれない……目をとじて考えました。
「おうい、だいじょうぶか」
人の声がします。男性は私を抱き上げ、着物のフトコロへそっと入れてくれました。とても暖かい。
「なんだヨヒョー、また動物拾ったのか」他の声もしました。
「うん、冷たい。死にかけているんだ」
「ヨヒョーは物好きだな。汚い猫なんか拾って、懐へしまって」
ヨヒョーさんは私のからだを優しくさすってくれました。
私の冷たいからだが、ヨヒョーさんを冷やしてしまうんじゃないかと、少し心配しながら眠りに落ちました。
ヨヒョーさんはおうちで、私に食べ物を与えてくれました。ありがとうの意味をこめてニャーと鳴けば、
ヨヒョーさんにはそれが伝わるようで、ニコニコと笑顔を返してくれます。
いくら感謝してもしきれない。ヨヒョーさんのおかげで命がつながった、何もできない私だけど何か返したい。
元気になった私は、小春日和の日に外へ出て、人間の女性に化けました。
その姿で、何か手伝う事ができたら……と、ヨヒョーさんのもとへ戻りました。
「なんとまあ、美しい人だ」
ヨヒョーさんは私をみて驚いた様子です。よかった、私は美しい女性になれたんだ。
「私は先日助けていただいた猫です。おうちへ置いていただけないでしょうか。お手伝いなどしますから」
「かまわねえけど……好きなだけいたら良いよ」
やはり、ヨヒョーさんは優しい人です。私は再びヨヒョーさんの家へあがりこみました。
家の奥へ行くと、美しい女性がヨヒョーさんの母上の肩をやさしく揉んでいました。
「あの、わたし……」私がしどろもどろになってようやく話し掛けると、女性はにっこりと笑って
「あなたは、どの子? 昨日の犬?」と私に尋ねます。
「昨日の犬? 私は七日前、ヨヒョーさんに助けてもらった猫です」
「ああ、そうなの……私は一ヶ月前、ヨヒョーさんに助けていただいたキジよ」
さらに奥の部屋には、羽で着物を織っている鶴や、料理を手伝うたぬきがおり、
庭には器用に縄をなうへび、掃除をするクモ、薪を割るクマが働いていました。
「みんないろいろ手伝ってくれるんだ、助かっちゃうよ……でもムリに働く必要は無いんだよ、
こんなに家族が増えたことが嬉しいよ。君も好きなだけいたら良いよ」
私もなにかお手伝いを、と思ったのですが、たいした特技もありません。
家にはネズミもいるのですが、ヨヒョーさんはネズミを取っても喜ばないでしょう。
ネズミすら家族と思っているようだし、ネズミも部屋の上で暖を取るだけで、食べ物は外へ採りに行く様子です。
私が死にかけたあの日の寒さがうそのように、このところ暖かい日が続いています。
縁側で猫に戻って、うとうとと昼寝をしていました。
こんな役に立たない私でも、ヨヒョーさんは寝姿をかわいいかわいいと言ってくださいますし、
他の動物仲間もみんなやさしくしてくれます。
そして冬で一番寒い日がやってきました。雪が吹きすさんだ次の日、晴れ間を見てヨヒョーさんは
峠の向こうの街へ買い物に出かけました。
慌てて家に帰ってきたヨヒョーさんは、フトコロに冷えて倒れた子ザルを抱えて青ざめていました。
「この子が倒れていたんだ、ああ、冷え切ってしまっている」
私のときと同じです。ヨヒョーさんは私を撫でたあの手で、子ザルをさすり、いろりの近くで布に包みました。
優しい手ですね。
いろんな動物を助けたんですね。
私だけじゃないんですね。
子ザルの目があき、小さなクチで食べ物を食べるようになりました。
私は子ザルが意識を取り戻したのを見届けて、外へ出ました。
みようみまねで作ったボロボロの縄と大きな木の皮で、そりをつくり、私は山道を滑り降ります。
「どうした、猫。どこかへいってしまうのか」
ヨヒョーさんが私の後を追って、雪道を駆け下りてきます。
「猫。泣いているのか」
私は涙をぬぐって、
「これは雪がまぶしいからです。ヨヒョーさんもソリであそびませんか、たのしいですよ」
「たのしそうだな。よし、もう一個ソリを作ってこよう」
私はヨヒョーさんの後について、皆のいる家へ帰りました。
end
(c)AchiFujimura 2008/1/12
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