言葉が呪われた
実際、悪いのは向こうだと思った。
くだらないジョークとか聴かされて、本当にむかついたので、正直な気持ちを軽く言ったまでのこと。
「死ね!」
コイツなんか本当にいっぺん死んだほうがいいと思った。
約束したノートを持ってくるの忘れたとか言いやがる、
「死んじゃったほうがいいよ」
本当に死ねとまで思っていないのは、相手だってわかってるはずだ。
だってオレは笑って言うようにしてるもん。言うのはいつも、明るい、暖かい昼日中だから、大丈夫。
ついにオレの口癖は強制的に直されることになった。
確かに、何度か「死ねとか言うのやめたほうがいい」といわれた事もあったけど、
実際に死んで欲しいと思ってたのではないから問題はないはず……しかし、目の前の黒い物体が「問題あり」と言うのだ。
「今日は大変いい天気ですが、わたしはあなたを呪わなくてはなりません」
一人暮らしのオレの部屋では、声をあげてもきっと助けはこないだろう。
大学の講義がなくて平日の昼間から部屋に一人だ。携帯はベッドの上だから、取りに行く事もムツカシイ。
「呪うって、オレを?」
おそるおそる聴けば、黒い塊はぞわぞわと動いて「そうです」と、淡々とした口調で答えるのだ。
「あなたの言葉を呪います。これから先『しね』といえば、あなたが死んでしまうでしょう」
「それは…… 口癖のようなモンで、すぐには直らないよ。それに本気じゃないんだよ」
オレは慌てて黒い塊に説明した。たった一言「はあ? 死ねよ」と、いつもならそれだけ返せば相手は黙ったんだ。
「あなたは軽い冗談のつもりだったかもしれません。しかし、実際に三人の人間が
あなたの『しね』という言葉で傷ついてしまいました。彼等は同じように、あなたの事を呪ったので、
呪い三票の原則に基づいて私があなたに呪いをとどけにきたのです」
そしてオレは呪いの手続きと説明を受け、とにかく今後「しね」といわない事を誓って
命だけは永らえる事ができた。
すっかり丁寧な言葉になり、一方的でないコミュニケーションが取れるようになったオレは、
友だちも増えて前より少し楽しくなった気がした。
「死ね」でぶった切らなくても自分の苛立ちを伝える語彙が増えて、少し楽しくもなってきた。
ある日、日曜日で予定もなかったオレが部屋で一人 音楽を聴いていたとき、黒い塊が再度あらわれた。
「こんにちは、あなたはがんばっているようですね。だいぶゴキゲンも良さそうじゃないですか」
「ああ、こんちは。すっかり言葉づかいをなおしたんで、逆にみんなが気持ち悪がるんですよ」
「丁寧な言葉は気持ち良いものですよ。これからも呪いは続きますから、イライラせずニコニコ暮らしてください」
「そうですね、いろんな言葉を使うのも結構楽しいですしね」
意外なところに呪いの落とし穴があるもんだ。
融通の利かない呪いはかけないで欲しい、あと、呪いももっと文脈を読むことを覚えたほうがいいな。
日曜日の午後、オレは静かに息を止めた。
end
(c)AchiFujimura 2008/1/30
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