赤い糸が見える女は結婚できない

 赤い糸が見えるわたしは、結婚が出来ないままもう三十も半ばになってしまいました。
中学生のころに赤い糸がはじめて見えるようになって、そのヒミツは誰にも言わずに
わたしの胸だけにしまってあるのです。

 さて、赤い糸というのは多分、血のなにかだと思うんです。
脈打ってどこかにわたしの小指の先からながれでていくのです。
これはどこのだれとつながっているのかしら。相手は遠くにいるようで、あまり太くない赤い糸です。
とてもロマンチックな話だとおもいませんか?

 わたしだって中学生から二十年も、ただ赤い糸を見ていただけではありません。
いろいろな状態を観察した結果、赤い糸の意味がかなり理解できたとおもうのです。

 まず、他人の赤い糸ももちろん見えます。私以外の人には見えないみたいですが、
わたしから見ると世界は電線以上に赤い糸で覆われています。細いの、太いの、いろいろです。

 赤い糸が一本も出ていない人も存在しています。
 また、赤い糸が何本も出ている人も存在します。
 赤い糸は増えたりはしないようです。
 わたしの赤い糸はいま、三本出ています。

 赤い糸でつながった人物が死んでしまうと、赤い糸も消滅するようです。
親戚の夫婦は赤い糸でつながっていたのに、奥さんがなくなると、だんなさんの赤い糸は消えてしまいました。
 わたしの赤い糸は最初四本あったのに、ある日一本消えていました。
多分どこかで、死んでしまったのでしょう。わたしは出会ってなかったその人の死に、
一日中 涙を流しました。

 わたしのことを好きだと言う人が現れました。
とても理想に近い人だったんです。
しかし、彼の小指とわたしの小指はつながっていなかったので、残念だったけど断りました。
縁が全くないのは最初からわかっていることなのです。

 わたしのことを好きだと言う人が現れました。
理想から遠い人だったけど、小指がつながっていました。
そのつながりの近さと太さにわたしは感動して、お付き合いしようとおもったのですが、
ふと目に入ったのはのこり二本の赤い糸です。
こちらがわたしの理想に近いんじゃないかしら、そう思ったら、お断りしてしまったのです。
 お断りしてからも赤い糸はつながっていました。
不思議な気分です、彼からはわたしに向けて一本の赤い糸が出ているだけで、
やはり彼は、わたしのことが今でも好きなのだそうです。

 なんどもいい人とは出会いましたが、だれとも赤い糸がつながっていません。
小指を見ただけで縁がないとわかってしまうので、結局結婚は出来ていません。

 世の中を見回せば、みな平気で 糸でつながってもいない人と結婚しています。
まるで赤い糸より、手がつながってればそれでいいかのように。


 赤い糸はそのまま、わたしが老いてもどこかへつながったままでした。
ある日一本消え、わたしは泣いて、また一本消え、わたしは泣いて、
そして残った一本はわたしと、最初に出会った赤い糸の彼とを太くつないでいます。
同じ老人養護施設で暮らす彼は、今でも私のことを好きだと言います。

 とうとうわたしにも終わるときが来て、手を上に挙げる気力もないまま小指の先をみつめました。
わたしは赤い糸が消えたときに三回泣いたけれど。
わたしが死んで赤い糸が消えたと気付く人はいないのね。
そんなわたしの手を、赤い糸の彼が握りました。
彼には赤い糸が見えていないのに、この赤い糸が消えそうなことに、涙を流しています。

 なんだ結局、手がつながっているだけでよかったんだ。
赤い糸以上のものはないと、赤い糸に縛られた人生を少し後悔しましたが、
目を閉じてもつながっている暖かい手を感じると、幸せだなあと初めて思えたのです。


end

(c)AchiFujimura 2008/7/17



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