役に立つ
本当に「役に立つもの」は大変少ないが、この一台の電気スタンドは世の中の何よりも、役に立ったといえるだろう。
たかが電気スタンドがどれほど役に立つのか……と笑う人もいるだろうが、電気スタンドの仕事の範疇からは
大きくはみ出るほどの仕事をやってのけたのだ。
奇跡のようで、しかしこの電気スタンドでなければできなかった数々の出来事は、とても書ききれない。
持ち主はこの電気スタンドの明かりで勉強を続け、難病の治療法を確立し、世界中の人を病から救った。
この電気スタンドの明かりをみて空き巣をためらった盗人は三十六人。
窓越しに、電気スタンドの明かりに誘われてやってきた虫が風向きを変えて、結果 巨大台風が消滅したこともあった。
最後の夜は、地震で崩れ落ちたガレキを跳ね返し、アームの弾力で持ち主の首を守ったのだ。
守る代わりに大きく傷ついてしまった。電気系統が断絶されては、スタンドももう元にはもどらない。
私は、電気スタンドをそばへ引き寄せて、声をかけた。
「電気スタンドよ。お前は良く働きましたね。まことに稀有な、奇跡とも言える働きをいつも見ていましたよ」
電気スタンドの気持ちも伝わってくる。
「かみさまですか。私は壊れてしまって、もう元に戻らないのですね」
私はかみさまと呼ばれることが多いが、名は特にない。
自分の存在の規模も大きすぎて把握できないのだが、内側のものは思い通りに動かせる力を持っている。
小さな電気スタンドさえも包み込みながら、私は続けた。
「そうだ、お前はもう役目を終えたのだよ。しかしよく働きました。褒美に願いをかなえてあげようね」
私はきまぐれで、電気スタンドの願いをかなえる事にした。
「願いですか。ひとつだけあります。世の中から電気を総てなくしてしまってください。
私がいない世界に電気は必要ありません。私以上に役に立つ電気器具なんて私には必要ないのです。
私がいない世界で私以外の何かが、誰かの役に立っているなんて、……、……」
この世の中から電気の存在をなくして、早五十二年がたとうとしていた。
きまぐれで電気スタンドの願いをかなえたら、世界中が大混乱になってしまった。
私は平和でも混乱でも、傍観するのみなのだが、ひとつ感心することがあった。
電気のない世界で活躍する、ひとりの男がいた。彼のおかげで助かった生き物は数十億に登る。
電気がないということは、人間たちの世界や秩序に大変なパニックをもたらしたのだが、
その中で彼は「電気がないということ」を乗り越える哲学を持って、十三歳にして周囲の人間に
心の平穏を与えたのだ。
彼の思想は一大宗教となって世界中に口伝えで広まり、結果虐殺もなくなり、人々を支え続けた。
彼自身もよく働き、困っている人を助け・悪人を改心させ、子どもを笑わせた。
そんな彼も死ぬときが来た。
大勢が取り囲み、涙し、彼が作った優しく明るい歌を合唱しながら彼を送ろうとしていた。
死に行く彼を、私はそばへ引き寄せて、声をかけた。
「お前の立派な働きを、私は見ていましたよ。よくがんばったね」
「かみさまですか。私はとうとう、死んだのですね」
「なにか願いがあれば、私がかなえてあげるよ。これは働きの褒美なんだよ」
実は電気スタンドの願いをかなえた後、少し後悔していた。
道具として使ってるだけだろうと思っていた電気が、人間にとってこんなに大事だとは思っていなかったからだ。
しかし、今となっては、願いをかなえた事は正解だったと思う。この男に出会えて、私は少し感動できたのだ。
きまぐれもどう転ぶかわからないもんだな、と、少し楽しくなったのだ。
「お願いがかなうなら、どうぞ世の中から人間を無くしてください。
私は人のためにがんばってきました。人が幸せになるよう、役立つようにがんばりました。
しかし、私がいない世の中に人がいてどうなるのでしょうか。私は役に立てませんし。
私以外の誰かが、誰かに感謝されるということを考えると、私は、私は……、……」
私は願いを聞き届けて、世の中から人間を消した。
そのぶん静かになってしまったが、私は今、がけを転がり落ち始めた石が五百キロも転がり続けているという
奇跡のような出来事に夢中なので、退屈はしていないのである。
end
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