ふたりの時が動いた
大変愛し合っているふたりがいることが超能力者の間で話題になりました。
「あいつらの愛は超能力をこえるんじゃないか」
「奇跡というのはあのふたりのことをいうんじゃないのか」
人のことを好きになることはあれど、それ以上の愛があることに興味があった超能力者協会では、
ただ平凡ながら「愛」だけは人に負けていない、その男女を協会本部へ誘致しました。
「君たちの愛のちからは超能力を超える奇跡ではないかと、噂になっています。
その愛の奇跡を見せてください」
協会長は、手をつないだままのふたりに「奇跡を見せてくれ」とお願いしました。
「では、わたしたちの時を止めてください。わたしたちの愛の前で、人の一生は短すぎるのです。
睡眠も食事も愛の邪魔でしかないのです」
時をあやつる超能力者が念じると、ふたりと超能力者以外の時間はぴたりと止まり、
食事をとらなくても平気で、睡眠も必要でなく、ほかにだれもいない世界で愛だけが存在したのです。
時を止めた超能力者だけがふたりを見守りました。
なんと、時間が流れていたならば三十二万年あまりがすぎてしまうほどの間、ふたりは愛し合いました。
時間を止めて世界を眺める事が好きだった超能力者も、流石に能力の限界です。
愛のちからが世界に飽和して、このさき二万年は平和を保てるエネルギーが貯まりました。
コレが愛のちからか。ふたりは誰にも出来ない事を達成した……そうつぶやくと、
超能力者は時間を動かしました。
まだくっついたままのふたりを目の前に、三十二万年の時の中を愛し合ったと報告を受けた
協会長は、平和のエネルギーにつつまれながら打ち震えました。
「なんという超能力。完敗だ、だれも君たちの愛のちからにはかなわない。
もう時を止めるちからは残っていないが、これからも一生かけて愛し合ってくれたまえ」
ふたりは協会本部から解放されました。
そしてその三ヵ月後には、ふたりは別れて、別々の人生を歩く事を決心しました。
止まった時間の中でならばいくらでも愛し合える。
しかし、ふたりは流れていく時間と人生を、一緒に過ごしたい相手ではないと、
お互いに気がついてしまったのです。
end
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