ゴハン粒・ヒカラビタ
「世界が滅亡するところをこの目で見たい」という私の願望は、半分かなえられたと言える。
あの日の私はおなかの具合が良くなくて、地下鉄を降りてすぐに多目的トイレへ駆け込んだのだ。
ほかの個室は空いていないようだったから。
大きな地響きとすごい衝撃があったけど、それが何なのかトイレにいた私にはわからなくて、
出ようにもトイレのドアが固くなっていて、出るために長い時間を費やしてしまった。
持っていたアメと水でなんとかやり過ごしたけど、誰も助けに来ないし、状況もわからない。
とにかく私は自力でトイレから脱出したのだ。
外に出たら荒野が広がっていて、都会の建物も木々も車も何もかも、きれいさっぱりなくなっていた。
そういえば地下にあったはずのこの多目的トイレ、扉を開けたらすぐ地上に出られた。
推理した結果、何かに地球の表面が吸い上げられたらしい。とにかく何もなくなっているのだ。
世界が滅亡するところを見たのは確かだけど、なぜこうなったのか、どうやったのかがさっぱりわからない。
小説のようには行かない。情報は何一つ入ってこないし、知ることができる立場でもない一般人はこんなもんだろう。
地上に出てからもう一週間がたっていて、歩き回っても無機質ながれき以外の何も見つからないし、人にも出会わない。
空腹の限界で、私は岩陰に寝転んだ。
空を見上げていると、空間が余計に空腹を思い出させるので、私はうつぶせになった。
友達と最後の晩餐の話をしたことがあるし、万一にも食いっぱぐれないように「最後に食べたいもの、行きたいお店」を
確かにメモしておいたんだけど、どこのなにを食べたいと書いたかがどうやっても思い出せない。
こんな空腹のときは、食べておいしかった思い出や、好きなこんだてを思い出せばいいのに、私の頭に浮かんでくるものといったら。
捨てた食べ物のことばかりだ。
ああ〜あのきゅうりのヘタ、もう少しぎりぎりまで食べられたんじゃないかな?
ナスもあのとき切りすぎたな……
鍋についたルーも今思えば食べておけばよかったんじゃないかな。
炊飯器の中についたゴハン粒、捨てた、捨てた、捨てたな……
しゃもじで取れなかったから、あきらめて水道水でざーっと流して、くるくるって回って流れて。
あっ、私、そのゼリーまだちょっと残ってるのにもう捨てるんだ?
梅干の種の中身も……割って食べたらいいのに。種は割らずに捨てられていった。
家庭菜園のトマトも、小さいから採らずにしぼませちゃったけど、今思えばあれ絶対食べられるトマトだったよ……
賞味期限が切れて半年っていったって、缶詰だもん、捨てること無かったよ。
閉じたまぶたの裏を、浮かんでは消えていく捨てた食べ物たち。
もったいないことしてたのかな。だから死ぬのかな? 食べられなくて死ぬのかな?
そもそも食は性の果てにできた成果物を食べているんであって、性なくしては成り立たないし、
食欲なんて自身の生きるためだけに存在するものでとっても罪深いし、
なのになんだか食より性のほうが恥ずかしいものみたいに言われて私だって隠してきたんだし、
ああ食欲なんて本当は悪いものだった。私はいまようやく罪から解き放たれるのね。
やった! 早く私を解き放って、それまでは罪の事を散々考えるから……
あの蜂蜜、まだチューブの内側に残ってたのが食べられたんじゃないかな……
他国の食べ物をテレビで見て「わ〜無理!」とか言わなければよかった……ぜんぜん無理じゃないよ食べるよ……
なんだって食べるよ生きてていいんならね……
そして私は空腹を終え、食べることから解き放たれた。
あとで霊界で友達に聞いたんですが、他の星の食糧難を解決するため、地球は刈り取られたんですって。
まあ、その地球に残ってた私は、さしずめ炊飯器に残っちゃったゴハン粒ってところかな?
end
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