物語にならない世界
明夢はこの世のおもちゃとして生まれたような女だった。
もてあそばれ、ないがしろにされるこの人生も、いつか改善されるのではないかとそのまま流されるように生きている。
楽しみは小説などの物語だった。
明夢は時間さえあれば、本だけでなく映画やドラマも観ていた。
物語の中には、楽しいことも悲しいことも描かれている。
つらい世界でがんばった少女が救われる話が大好きだ。
ある日、祖父が「ひろってきた」と言いながら家へつれてきた男をみて、明夢はひっくり返りそうな気持ちをなんとか抑えていた。
その男はどうみても、死んでしまった小説家なのだ。明夢はその男の小説を気に入って何度も読んでいる。
テレビで生きていたころの映像を見たこともある。本人に間違いない、しかし死んだことも間違いないのだ。
その頃ちょうど、小説家の遺作がテレビドラマ化されていた。
小説の世界観を再現できてるとはいえないが、明夢は毎回楽しみにしていた。
今週からは作者本人と一緒に観ることが出来るのだ。二人でテレビの前にヒザを抱えて座って観た。
画面を食い入るように見る小説家の反応を、明夢は黙ってみていたが、とうとう声をかけてしまった。
「あの、けっこう、原作と違っちゃってますけど、ご本人は許せるんですか……」
小説家は明夢の方をじっと見た。
「わたしはまず、ドラマになっていることがうれしいし、いまこうして観られることが……うれしいね」
小説家と明夢はたくさんの物語の話をした。
同じ物語が好きなことを知り、二人の距離はどんどん縮まっていく。
その間も明夢は祖父たちのおもちゃになっていて、そのことだけは小説家に知られたくないと思っていた。
二人はどんどん無口になる。
もう言葉にしなくても、お互いがいま何を好きなのかはわかっているのだ。
存在を確認するようになんども触れ合う。
ドラマは来週最終回だ。あの世界が終わる。そして二人はいつまで。いつから。なぜ。どうして、どこまで……
わからないことだらけだから、せめて終わるまでお互いの存在を確認したい。
ドラマ最終回の夜、明夢は決心した。
これが奇跡の物語であるならば、ドラマ最終回の今日、放映にあわせて生き返った小説家は消えてしまうかもしれない。
ドラマが終わって彼が消える前に、好きだと伝えたい。
小説家も「今日が最後」の予感に、いつもより頻繁に明夢の手を握る。
もしこの後も一緒にいられるなら、祖父とのことを告白して、二人でこの家を逃げたいと明夢は覚悟した。
最終回は始まってしまった。
ドラマ版最終回はひどい内容で、原作とはまったくちがうオチに変えられていた。
宇宙ガメの襲来によって、地球人たちは壊滅状態になるのだ。原作に宇宙なんて出てこないし、
物語として破綻している。あまりのことに小説家も笑ってしまっている。
明夢はその横顔を目に焼き付けるようにみつめていた。
「ちょっと、試してみたいんだけど……記念に写真を撮ろう」
小説家と明夢は、タブレットについたカメラを使って自分たちの写真を撮影した。
「やっぱり、写真には写らないんだ。この世の存在じゃないんだ」
という物語を期待したが、写真には小説家も明夢もしっかり写りこんでいる。
「あっ、かわいく写った。いいね」「うん いい記念になったね」
二人は改めて手を握った。
最終回が終了してから、一時間がすぎた頃だった。
その頃地球上では大変なことが起きていた。
ドラマ版最終回とまったく同じ、宇宙ガメの襲来によって多くの人間は殺害されたのだ。
宇宙ガメは一晩で消え去ったが、多くの人間が死に、明夢の祖父も帰ってこなかった。
明夢と小説家はなぜか生き残ったようだ。
二人は不安を抱えたままだった。
これでは物語にならない。
実体のある復活、出会い、ドラマ最終回を迎えても消えることもなく、写真にも写り、触れ合うことができ、
侵略・排除から生き残りへの選抜。おもちゃという存在からの救済。
この数々の奇跡に、なんの理由も設定もきっかけも、オチも見つからないのだ。
事実だから小説より奇、なのか。
沢山の物語を紡ぎ、物語に救われた二人は、つないだ手以外のことが何も確認できない、
物語にならない世界に放り出されてしまったと言うことが不安でたまらないのだった。
end
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