鳩がどこで終わりを迎えるか知っていますか。
公園で倒れている鳩を見たことが有りますか。
実は…
人類は終わりを迎えていました。
人々は傷つけあい、食物を奪い合いました。
この星にはもう、こんなに増えてしまった人間を支えるだけのエネルギーがないのです。
人間は大地にしがみつき、はいつくばりながら自分の生だけを支えていました。
「ここはよさそうだ。ここに隠れよう。」
ひとりの男が、倒れたビルのかげにやってきました。
町を歩いていると危ないからです。自分を傷つけようと、みんなが襲ってくるからです。
男の心は、この混沌の中でもやさしさを失わなかったので、
人を傷つけてまで自分を危険から守りたいとはとても思えないのです。
「フゥフゥ、ハァハァ」
走って逃げてきたので、隠れてすぐ息が乱れました。
すこし落ち着いてきたそのときです。
「きみも、逃げてきたのかい。」
男はハッとして、声のしたほうを見ました。
そこにもひとりの男がいました。
「ボクも逃げてきたんだ。とてもあの群集には入れないしね。」
そこにいた男がいいました。ああ、この人は僕と同じことを考えている人か。
少しほっとしました。
「こっちにきなよ。何も出来ないけど、一緒に隠れていよう」
2人は並んで座りました。
そのビルのかげはとても暗いところでした。お互いの顔はあまりよく見えませんでした。
「どうしてこんな世の中になっちゃったんだろうね。ほんの10年前は、平和だったのに」
2人はつぶやきました。
「オナカがすきましたね。最近ほとんどなにも食べてないんですよ。」
男がそう言うと、「じゃぁ……食べますか?」と、先にいた男がなにかをシャツの下から出しました。
それは白い白い、鳩でした。
そのとき、スキマから少しだけ光が入りました。
「あっ、」後から入っていった男がいいました。
「失礼ですが、あなた。15年前に大人気だった、フルッフー斎藤さんじゃないですか。マジシャンの」
先にここにいた男が、ニッコリ笑いました。
「ボクのことを知っている人がいましたか。そうです、ボクはフルッフー斎藤です。
「こんな所まで、手品のタネを持って来ているんですか。」
「いえ、ボクの手品にはタネやしかけはないのです。本当にボクから産まれているんです。」
「さぁ、このハトを食べなさい。飢えをしのげますよ」
フルッフー斎藤は、男に促しました。
「良いんですか。確かに僕は、とてもオナカがすいています。」
鳩がごちそうにみえました。
「良いのですよ。さぁ。ほら、鳩も良いとうなずいている」
鳩が確かにコクンと首を縦に振りました。
男は鳩を受け取り、その首に手をかけました。
鳩は静かに目を閉じました。男の手が震えます。
「駄目です。僕は、この鳩を食べれない。この鳩は僕に食べられることを大事な運命と思っているようだ」
「食べないと、あなたが持たないでしょう?」
フルッフー斎藤が声をかけました。
「じゃぁ、斎藤さんは自分で産んだ鳩を食べたことは有りますか。」
「いいえ、……ボクも食べられませんでした。この子達は、ボクが食べるといえば喜んで食料になるでしょう。」
それが余計にいとおしいのです。
とても命を奪えないのです。食べることが悪と感じるのです。
二人は静かに横たわりました。座っているちからももうなくなったからです。
二人は目を閉じました。
「ああ……、あなたの名前を聞いていませんでしたね。教えて下さいませんか。」
フルッフー斎藤のクチビルは、それを最後に動かなくなりました。
鳩たちは、2人のまわりを取り囲んで、首をうな垂れて動きません。
「僕は……僕は、田中といいます。僕も昔、あなたと同じようにステージに立って……」
田中のクチビルも少し震えた後、動かなくなりました。
鳩は目を閉じました。
そして倒れたビルのかげには、鳩だけが残りました。
end
|