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あしたの痕跡

 「はい、はい、わかりました。一週間前に亡くなられたんですね。それでは早速、今から駆除に行きますから、さわらずにおいてください」
 私は電話を切って、住所などを書いた用紙をファイルに挟み込み、黒いスーツを羽織ると事務所から飛び出しました。
新しい仕事が入ったのです。
仕事道具は会社の車にセットしてあるので、これから依頼人の家まで急ぎます。

 依頼人の家はひっそりとしていて、ドア脇のチャイムの音も通常より響いているような気がしました。
中から中年の女性が出てきて、私に頭を下げましたので、私も「このたびは、どうも」と頭を下げました。
「亡くなられた方の『あしたの痕跡』が残っていたとのことでしたが」
私は早速用件を切り出しました。女性は声も無くうなずくと、
「そうなんです、亡くなったのは私の父なのですが。父の部屋で見つけまして」
と私を中へ案内してくれました。

 家の中はまだ、線香の香りが強く漂っていました。
「一週間前、父が亡くなったのは突然でした。
心臓の病があったようなんですが、家族はおろか本人すら気がついていなかったようで、本当に驚いてしまったんです」
私を家の奥へ案内しながら、女性は説明しました。
私は女性のほうを見つめながら、うんうんとうなずいてみせていました。

「このカレンダーです。三日前――亡くなった日から考えると、五日後に当たるんですが、
父は小説の発売日にしるしをつけて、本屋へ買いに行く予定にしていたようです」
私はマジメな表情で、カレンダーをじっくりと眺めました。
「ああ、これはいけません。過去にならない未来が残ってしまっている。
この未来は過去からお父様がたどり着くのを待っています。
わかりますか、お父様の意識はこの日まで延びているわけですが、
お父様にとってもう過去にはなりえない未来です」

「そうなんですか」
「早速あしたの痕跡を駆除しますから、一緒にこの未来が断ち切れるよう祈ってください。
いいですか、いいかげんな気持ちで祈ってもダメなんです。
いいかげんな気持ちだと、いつまでも時間がズレたままたどり着けず、
お父様の未来が現実世界に悪影響を及ぼします。
……そう、両手を合わせて高く掲げて。このタイミングで振るんです、いち、に、いち、 に」

 私が言うままに、女性は動きます。
この動きは私があみ出した方法で、その動きにあわせるように、特殊な術を施した大きなハサミにより、空気中にさまよう時間のつながりを私が断ち切ることで死者の供養とあしたの痕跡を駆除することが出来るのです。
女性は一生懸命私が説明した動きを続けていましたが、
「さあ、終わりましたよ。よどんだ時間の痕跡はすっかりなくなりましたよ」
と優しく声をかけると、女性は動きをやめて、目に涙を浮かべながら「ありがとう あり がとう」と繰り返しました。

 私は「有限会社あしたの痕跡駆除」の代表です。
代表といっても、会社にはスタッフが数人居るだけで、そのスタッフたちも電話の取次ぎや経理などをするために雇っておりまして、
主な活動は私が駆除にまわって報酬をいただいてくるというものです。
この世の中には、先ほどの女性に説明したように、突然の死によって断ち切られた「あしたの痕跡」が存在しています。

 来るはずだったあしたは、その「持ち主」の死と同時に宙ぶらりんな存在となり、漂ってしまいます。
それは持ち主の未練にもつながるので、早くこの世の時間の流れに戻してあげることが必要なのです。

 この説は私が広めたものですが、早いうちから多くの人に受け入れられまして、いまで は引っ張りだこの評判となっているのです。
もちろん類似の業者もたくさん出てきましたが、私のように説得力がありませんので、直ぐに偽者だとばれてしまっているようです。
 もちろん私の仕事も根拠はないのです。
しかし私が駆除作業をし、故人にゆかりのある人と共同作業で供養することで、誰かが居なくなってしまった悲しみから立ち直ることが出来るようです。
その救いと、普段の生活へ戻る手助けが出来るなら、私はこの仕事にやりがいを感じるのです。

[つづく]

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(c)AchiFujimura StudioBerry 2005/11/30(執筆日・2005/9/30)